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Team 片手業・昭和の子どもの物語 小説、エッセイなど

小説 彼方のゆめちゃん  -2- 「隣りのお姉さん」

 

第2話 「隣りのお姉さん」

 

 ゆめちゃんのお家の左隣にお姉さんがふたりと、寝たきりの弟さんが住んでいます。蔦江(つたえ)さんと美佐子さんとマー坊です。マー坊は、ほんとうは昌夫さんと言います。蔦江さんは、若いのに、なり振り構わず動き回る働き者です。美佐子さんはいつも楽しそうにしています。マー坊は言葉が不自由で話せませんが、ゆめちゃんが行くと嬉しそうに体を動かします。蔦江さんはゆめちゃんに、「また遊びに来てね」と言います。ゆめちゃんはほんとうは行きたくないけれど、蔦江さんやマー坊が喜んでくれるので、二、三日に一度は遊びに行く事にしています。

 いつものように、ゆめちゃんは蔦江さんの家へ遊びに行きました。そして、寝たきりのマー坊の所へ行き、「マー坊」と呼ぶと、マー坊は体を動かしました。マー坊が元気なことが分かるとゆめちゃんはホッとしました。そのあとも、ゆめちゃんは何度か「マー坊」と呼びました。ふたりの遊びは、ただそれを繰り返すことでした。その間、蔦江さんは台所で、せっせと働いています。その内、いい匂いがしてきました。カレーライスの匂いです。蔦江さんは、ゆめちゃんがカレーライスが大好きな事を知っていました。

 蔦江さんは、ゆめちゃんがあまり来たくないのに来てくれる事が嬉しくて、いつも何かを作ってくれます。ゆめちゃんはとても嬉しいのですが、ちょっと悲しいとも思います。なぜなら、蔦江さんの家はあまりお金がないからです。ゆめちゃんはある日の夜、おとうさんとおかあさんが「借金で大変らしい」と話しているのを聞いていました。でも、蔦江さんはこぼれるような笑顔で、「ゆめちゃん、食べて」と言い、カレーライスを出してくれました。ゆめちゃんは、大きな声で「いただきまーす」と言って、大きなスプーンを小さな口に運びました。

 ゆめちゃんは、蔦江さんの妹の美佐子さんが眩しく見えます。お月様のような白い顔に赤い口紅が、よその国の女性のようです。ゆめちゃんが、家の前で遊んでいると「ゆめちゃーん」と、呼ぶ声がしました。振り返ると美佐子さんです。めずらしく、蛇口の前にしゃがんで洗濯をしていました。白く光る笑顔に、年長の友達二、三人から歓声があがりました。美佐子さんは近所でも評判の美人です。ゆめちゃんは美人のお姉さんに名前を呼ばれて、少し誇らしく、少し恥ずかしい思いでした。

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 その日の夜も、ゆめちゃんは眠い目をこすりながら宿題を終わらせました。おかあさんが、「もう寝なさい」と言うのも聞かずに、テーブルでおはじき遊びをしていました。と、裏口が騒がしくなりました。近所のおばさんたちが集まって来たのです。こういうことが時々ありました。そんな時は決まって、何かの事件が起こっているのを、ゆめちゃんは知っていました。田中さんちと、みっちゃんちのおばさん二人が入り口に立っていました。おかあさんはゆめちゃんに、「奥へ行ってなさい」と、恐い顔をしました。

 朝、七時になるときくちゃんちの前に子供たちが集まります。集団登校です。そこには木切れを入れたガンガンがあり、火がつけてあります。みっちゃんちのおじさんが、子供たちのために暖かくしてくれているのです。ゆめちゃんは寝坊さんなので、その日も最後になりました。ゆめちゃんがガンガンの前に立つと、誰かが「しゅっぱーつ」と、言いました。遅く来たゆめちゃんに意地悪しているようでした。そんな時、決まって、年長の勉さんが「ゆめちゃんがあったかくなるまで」と、意地悪した子を睨みつけます。ゆめちゃんは、勉さんが大好きです。

 ゆめちゃんの学校は、歩いて二十分の所にあります。そこまで行くのにみんな遠足気分です。やっと、目覚めたゆめちゃんに、みっちゃんが「知ってる?」と、意味ありげに聞きました。ゆめちゃんが「ん」と怪訝を装うと、みっちゃんは「かけおち」、「かけおちだよ」と言って、笑いました。どこか卑猥な笑いでした。ゆめちゃんは関わってはいけないと思って黙っていると、「美佐子さんだぜっ」と絡んできます。ゆめちゃんは昨日の夜のおかあさんの恐い顔を思い出しました。そして、蔦江さんやマー坊の顔が浮かび、悲しくなりました。ゆめちゃんは暗く沈んだ気持ちに耐えていましたが、みっちゃんは、なんだかんだ絡んで離れません。すると、勉さんが「ポカリ」と、みっちゃんをぶちました。

 その日の夜の事、おとうさんとおかあさんが、言葉すくなに話していました。「男の人」とか「お金」とか言う言葉で、ゆめちゃんは察しがつきました。ふたりは、美佐子さんの話をしているのです。でも、「かけおち」と言う言葉は聞こえてきません。ゆめちゃんはドキドキしながら、聞かぬふりを装っていました。美佐子さんはこの年、中学校を卒業しました。同級生が高校受験で、夜遅くまで勉強している時、美佐子さんは、近くの町まで出かけて行って、アルバイトをしていたのです。そこで知り合った男の人の紹介で、この春から、東京で働く事になったそうです。ゆめちゃんの脳裏に、勉さんから、ポカリとぶたれたみっちゃんの顔が浮かびました。

 

—Akitsu & illustration  by  Yasuko Sudo

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小説 彼方のゆめちゃん  -1- 「記憶」

 

第1話 「記憶」

 

 ゆめちゃんの最初の記憶は「おかあさんの膝の上」です。おかあさんが何をしていたのかはわかりません。柔らかい、春の日差しに誘われるように縁側に座り、ゆめちゃんを膝の上に抱いていました。ゆめちゃんは気持ちの良さに、時折、意識を失いました。黄色い花にモンシロチョウが、ふわり、ふわり。のどかな光景が繰り返されていました。

 ゆめちゃんの最後の記憶は「おねしょ」です。その前の日、おにいちゃんとおねえちゃんは、おとうさんに連れられて映画を観に行きました。ゆめちゃんは、おかあさんと留守番です。ゆめちゃんが不服だったのは言うまでもありません。ゆめちゃんは、「どうして連れて行ってくれないの」と、おとうさんに聞きました。おとうさんは「ゆめちゃん、寝てしまうでしょ」と言いました。「寝ないから」とゆめちゃんが言うと、「ゆめちゃんには解らない映画だから」と言いました。ゆめちゃんは「最初から連れていかないと決めているんだ」と分かりました。ゆめちゃんは、おとうさん、おにいちゃん、おねえちゃん達から、仲間はずれにされたようで、悲しくなりました。目と鼻の周りが「つーん」として、頭の中が真っ白になると、ふたつの瞼から「つー」っと、涙が落ちてきました。声もなく、肩が震えて見えました。

 その時でした。後ろから「ゆめちゃーん」と呼ぶ声が聞こえました。おかあさんの声です。ゆめちゃんは返事をしようと思うのですが、胸が痙攣するようにひくひくして、答えられません。もう一度、「ゆめちゃーん」と言う声が聞こえました。ゆめちゃんは返事ができないので、おかあさんの所まで行くことにしました。するとどうでしょう、おかあさんが「これ、食べなさい」って差し出したものがあります。大きな梨でした。ゆめちゃんの大好物です。ゆめちゃんの頭の中が色付き始めました。

 

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ゆめちゃんは、おかあさんとふたりだけの夕食のあと梨を食べました。皮ごとです。ゆめちゃんはりんごや梨を皮ごと食べるのが大好きです。大きな口をあけて「がぶり」と食べると、なぜか元気がでるのです。意味の解らない「ラヂオ放送」を聴きながら、がぶり、がぶりと梨を食べました。そして、翌朝、ゆめちゃんのふとんは洪水に見舞われたのです。

 

 

—Akitsu & illustration  by  Yasuko Sudo

 

予告:

次回は

「小説 彼方のゆめちゃん」第2回 隣のお姉さん

を、11月19日に下記のサイトで公開します。

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