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Team 片手業・昭和の子どもの物語 小説、エッセイなど

小説 彼方のゆめちゃん  -1- 「記憶」

 

第1話 「記憶」

 

 ゆめちゃんの最初の記憶は「おかあさんの膝の上」です。おかあさんが何をしていたのかはわかりません。柔らかい、春の日差しに誘われるように縁側に座り、ゆめちゃんを膝の上に抱いていました。ゆめちゃんは気持ちの良さに、時折、意識を失いました。黄色い花にモンシロチョウが、ふわり、ふわり。のどかな光景が繰り返されていました。

 ゆめちゃんの最後の記憶は「おねしょ」です。その前の日、おにいちゃんとおねえちゃんは、おとうさんに連れられて映画を観に行きました。ゆめちゃんは、おかあさんと留守番です。ゆめちゃんが不服だったのは言うまでもありません。ゆめちゃんは、「どうして連れて行ってくれないの」と、おとうさんに聞きました。おとうさんは「ゆめちゃん、寝てしまうでしょ」と言いました。「寝ないから」とゆめちゃんが言うと、「ゆめちゃんには解らない映画だから」と言いました。ゆめちゃんは「最初から連れていかないと決めているんだ」と分かりました。ゆめちゃんは、おとうさん、おにいちゃん、おねえちゃん達から、仲間はずれにされたようで、悲しくなりました。目と鼻の周りが「つーん」として、頭の中が真っ白になると、ふたつの瞼から「つー」っと、涙が落ちてきました。声もなく、肩が震えて見えました。

 その時でした。後ろから「ゆめちゃーん」と呼ぶ声が聞こえました。おかあさんの声です。ゆめちゃんは返事をしようと思うのですが、胸が痙攣するようにひくひくして、答えられません。もう一度、「ゆめちゃーん」と言う声が聞こえました。ゆめちゃんは返事ができないので、おかあさんの所まで行くことにしました。するとどうでしょう、おかあさんが「これ、食べなさい」って差し出したものがあります。大きな梨でした。ゆめちゃんの大好物です。ゆめちゃんの頭の中が色付き始めました。

 

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ゆめちゃんは、おかあさんとふたりだけの夕食のあと梨を食べました。皮ごとです。ゆめちゃんはりんごや梨を皮ごと食べるのが大好きです。大きな口をあけて「がぶり」と食べると、なぜか元気がでるのです。意味の解らない「ラヂオ放送」を聴きながら、がぶり、がぶりと梨を食べました。そして、翌朝、ゆめちゃんのふとんは洪水に見舞われたのです。

 

 

—Akitsu & illustration  by  Yasuko Sudo

 

予告:

次回は

「小説 彼方のゆめちゃん」第2回 隣のお姉さん

を、11月19日に下記のサイトで公開します。

http://akitsuyoshiharusyosetsu.hatenablog.com/