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TV、テレビ、自転車ときどきキッチン

Team 片手業・昭和の子どもの物語 小説、エッセイなど

小説 彼方のゆめちゃん  -15- 「竹刀」

 

第15話 「竹刀」

 

 ゆめちゃんは近頃、みっちゃんや菊ちゃんなどが羨(うらや)ましく思える時があります。隆ちゃん、しんちゃん、みんなにおにーさんがいます。ゆめちゃんだっておにいさんはいるけれど、ずいぶん年が離れているので、おにいさんのような気がしません。ゆめちゃんは、遊び方を教えてくれたり、一緒に駄菓子を買いに行ったりしてくれるような、ゆめちゃんの目の前を歩いてくれるおにいさんが欲しいと思いました。この日は、みっちゃんと菊ちゃんは、それぞれのおにいさんとお使いに出ていて留守でした。隆ちゃんは、おにいさんの野球部の試合を見に行っていました。組内にはゆめちゃんしかいなくなっていました。

 

 ゆめちゃんは、こうしてひとりぼっちになったり、雨の日などは、家で工作したり、漫画を読んだりして時間を過ごします。この日は、ちょうど『少年画報』が発売日だったので、ひとりで本屋さんまで行って買って来ました。『少年画報』は少し変わった月刊誌です。月刊誌は、他にも『少年』や『冒険王』などがあり、二十大付録付きなどと言って売られていました。そして、付録のほとんどが工作ものです。どの月刊誌もが、そんな付録を用意している中で、『少年画報』だけは、七大付録と言って、付録の数は少ないけれど、すべて「冊子」だったのです。ゆめちゃんは工作も好きですが、漫画の物語も毎月、期待して待っていました。


 「少年画報」では、『まぼろし探偵』や『赤胴鈴之助』が人気がありました。この時、ゆめちゃんは赤胴鈴之助になりたいと思いました。赤胴鈴之助になって、竜巻雷ノ進(たつまきらいのしん)を真空斬りでやっつける、そんな空想の中にいたのです。赤胴鈴之助になるには、何と言っても赤い胴が必要です。ボール紙で作る事にしました。真ん中に鈴の家紋を描きました。ゆめちゃんは、良くできたと思いました。でも、何かが足りません。ちょんまげや着物は最初からあきらめていました。よーく考えると、赤胴鈴之助は時々、竹刀で闘うのです。ゆめちゃんは、竹刀が駅前のおもちゃやさんで売られているのを見かけました。急に竹刀が欲しくなりました。

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 夕ご飯には家族が揃いました。久しぶりなので、おかあさんは嬉しそうです。おにいちゃんのご飯をよそいながら、「明日はどこ行くの?」と聞きました。おにいちゃんは「部品買いに」町に出る、と答えました。今、おにいちゃんはステレオを作っています。「そうなの」と言うおかあさんの顔が緩んで見えました。ゆめちゃんはチャンスだと思いました。「ねえ、買って」と言いました。突然の事で、おかあさんは「えっ」という顔をしました。ゆめちゃんは「しない」と言いました。おかあさんには理解できなかったようです。沈黙がありました。「剣道でもはじめるのか」と、おとうさんが聞きました。最近、山向こうの工業学校に剣道の道場ができた事を、おとうさんは知っていたのです。ゆめちゃんは黙っていました。すると、おねえちゃんが「はーん」と言い、横目でゆめちゃんを見ました。


 「ねえ、おかあさん」とゆめちゃんはねだりました。おかあさんは「続けられるの?」と聞きました。おかあさんは道場に通うと思っているようです。ゆめちゃんが黙っていると、「赤胴鈴之助でしょ」と、おねえちゃんが言いました。おかあさんが「何? それ」と聞きました。おねえちゃんは「小さい子の間ではやってるのよ」と言いました。おかあさんは渋い顔をしました。ゆめちゃんは「ねえ」買って、と言いました。おかあさんは黙ってしまいました。おかあさんが黙ってしまうと希望はありません。ゆめちゃんは、次のチャンスを考えていました。ところが、おにいちゃんが「買ってやる」と言いました。誕生日に何もしてあげないからだそうです。ゆめちゃんの顔が、パッと輝きました。でも、おかあさんは渋い顔でした。


 日曜日の午後、みっちゃんが遊びに来ました。ゆめちゃんが漫画本を読んでいるので、みっちゃんも読む事にしました。「『鉄人』ないの」と聞きました。「あれは『少年』だよ」と言いました。みっちゃんは自分で漫画本を買った事がありません。いつも、隆ちゃんやゆめちゃんが買った本を借りて読んでいるので、『鉄人28号』が載っている雑誌の名前など覚えていません。「『いがぐりくん』は?」と聞きました。『あれは『冒険王』』。ゆめちゃんは少し面倒になってきたので、手元にある、読み終えた『赤銅鈴之助』を貸してあげました。みっちゃんは「おおおーっ」と言いました。そして「読みたかったんだ」と喜びました。


 少年漫画でヒットしているのは、ほとんどがヒーローものでした。それを読むと、みんなヒーローになります。漫画本を読み終えたふたりは、さっそく『赤胴鈴之助』になってしまったのです。そして、みっちゃんは「やろう、やろう」と言いました。しばらくして、みっちゃんは、菊ちゃんや隆ちゃん達を呼び集めて来ました。それぞれ、刀などを手にしていました。ゆめちゃんはこの間作った、ボール紙の胴をつけ、ベルトに刀を差していました。「赤胴鈴之助みたいだね」と、しんちゃんが言うと、ゆめちゃんは「竹刀を買ってもらえる」事を言いました。「いいなあ」と、しんちゃんが羨ましそうでした。


 みっちゃんは、「はじめるよー」と、隆ちゃんが言うのも聞かず、家に走って戻って行きました。みっちゃんを待っていると、勉さんがやって来ました。そして、ゆめちゃんを見つけ、「おにいちゃん、いるかな?」と聞きました。おにいちゃんは町に出かけています。竹刀の事は言わなかったけれど、夕方までには帰って来る事を教えてあげました。勉さんは、意を決したように「わかった」と言って、帰って行きました。そして、少しして、みっちゃんは風呂敷を手にしてやって来ました。「何、それ」と、たかちゃんが不審がり、「どうするの?」と、しんちゃんが聞きました。みっちゃんは、満面の笑みを浮かべて「へへへーっ」と笑いました。

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 みっちゃんは手にした風呂敷を対角線に畳みました。そして、それをすっぽりかぶると、覆面になりました。「あっ、そーか」と、菊ちゃんが納得しました。隆ちゃんが「それじゃあ、鞍馬天狗じゃない」と言いました。「『赤胴鈴之助』ごっこじゃないの?」としんちゃんが言うと、みっちゃんは「いいの、いいの」と頓着しません。みんなはあきらめて『鞍馬天狗』で遊びました。夕方、ゆめちゃんのおにいちゃんが帰って来ました。ゆめちゃんが風呂から戻ってくると、部屋の端に長い包みが立てかけてあります。ゆめちゃんは、すぐに「竹刀」だと判りました。おかあさんに「おにいちゃんは?」と聞きました。おかあさんは「勉さんとこ」と言いました。そして、思い出したように「それ、竹刀だってよ。もらいなさい」と、言いました。ゆめちゃんは、明日は絶対、『赤胴鈴之助』ごっこをしようと思いました。


 ゆめちゃんは、おにいちゃんが帰って来るのを待ちきれず、包みを開けてみました。竹刀が入っていました。とても立派なものでした。ゆめちゃんに大きく膨らんだ期待が、いっきにしぼんでしまいました。「これじゃないっ」と、言っていました。ゆめちゃんのおにいちゃんが帰って来ました。おかあさんがおにいちゃんに、「ゆめちゃん、ふくれてるよ」と言いました。おにいちゃんは不審そうに、奥を覗き込みました。ゆめちゃんは、「おにいちゃんは、いつだってそうなんだから」と、思いながらも口にしませんでした。「ありがとう」くらい、言ったらどうか、とおにいちゃんは爆発寸前でした。ゆめちゃんは、年の近いおにいちゃんが欲しいなあ、と思いました。


 ゆめちゃんたちは、朝から野球の練習をしていました。みっちゃんは相変わらず、ポン、ポンとフライを打ち上げて、監督から「転がせ、転がせ」と怒られています。勉さんがやって来ました。監督はかずひろくんですが、勉さんや勤くんは、時々やって来て、練習を見てくれました。この日も、しばらくノックをしてくれて、ゆめちゃんたちはキャッチングを練習しました。練習が終わり、しばらくすると、勉さんがゆめちゃんの所にやって来ました。「竹刀、買ってもらったんだって?」と、突然の質問でした。ゆめちゃんが応えに困っていると、「違ったんだろう」と言いました。そして、「わかった、作ってやるよ」と言いました。ゆめちゃんが話を飲み込めないうちに、何事かがひとりでに進んでいきました。


 数日後、勉さんがやって来ました。そして、ゆめちゃんに手作りの竹刀をくれました。駅前のおもちゃ屋で見た竹刀とは比べ物にならないくらい、粗末なものでしたが、ゆめちゃんの身の丈にあった、遊ぶのに丁度良い大きさの竹刀でした。勉さんがおにいちゃんだったらよかったのになあ、と思いました。勉さんが「買ってもらった竹刀、見せて」と言うので、ゆめちゃんは奥から持って来ました。すると、勉さんは「本物はいいなあ」と、言いました。そして、ゆめちゃんのおにいさんの作るものは、いつも「本物」だと言いました。ゆめちゃんには判りません。黙っていると、「実は」と言い、この間の夜、宿題の鉱石ラヂオ作りを手伝ってもらったことを話したのです。鉱石ラヂオは今、勉さんの学校に飾られているそうです。

 

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小説 彼方のゆめちゃん  -14- 「戦争ごっこ」

昭和の子どもの物語 小説、エッセイ

 

第14話 「戦争ごっこ」

 

 隣の組内(くみうち)のもりちゃんのおかあさんは、ゆめちゃんのおかあさんと友達です。山向こうの辻のおばさんと三人は、昔、美人三姉妹とはやし立てられるくらい、仲がよくていつも一緒だったそうです。だから、子供同士も仲良しでした。特に、もりちゃんは、時々、ゆめちゃんちに泊まりに来るくらいに仲良しです。もりちゃんちはパン屋さんで、家の前を通る時、いつも、パンを焼くいい匂いがしています。おじさんは、傍ら、神主さんもしています。いつ行っても、おじさんの耳にはイヤフォンがありました。「かぶしき」を聞いているのだそうです。ゆめちゃんには何の事か解りませんでした。おじさんは「勝った」とか「負けた」とか一喜一憂しています。おばさんは「負けてばっかり」と、ゆめちゃんのおかあさんに話していました。

 

 それは、ひょんなことから始まりました。その日は、野球の監督がいないので、ゆめちゃんたちのチームは、練習を早くきりあげて、蝉を獲りに行く事になりました。ゆめちゃんは長い竹のさおの先端に、ゴムのような弾力のある鳥もちをつけて捕る方法を、おとうさんから習いました。竹は、山に行って切ります。ゆめちゃんは家に帰ると、鳥もちの入った丸い缶をポケットにねじ込んで、集合場所に急ぎました。菊ちゃんちの前の共同の蛇口の所にはすでに、菊ちゃんや隆ちゃんを初め、よしとみちゃんとこの三兄弟など、十人以上の組内の子供達が集まっていました。ゆめちゃんは、みっちゃんがいないのに気付きました。「みっちゃんは?」と聞くと、隆ちゃんが首を大きく振りました。

 

 呼びに行った菊ちゃんと一緒にみっちゃんがやって来ました。よしとみちゃんが「何、それ」と、みっちゃんが手にしてるものを指差しました。みっちゃんは、ヘラヘラと笑いました。しんちゃんが「魚とる時の網じゃない」と言いました。みっちゃんは元気に、何度もうなずきました。みっちゃんは不器用なので、鳥もちにくっついた蝉を取る時、いつも失敗してしまいます。だから、「網がいい」と言いました。ゆめちゃんは首をかしげました。蝶々とり網に比べると、ずっと目が荒いからです。みっちゃんはそんなことに頓着しないようです。「行こう、行こう」と、先頭で歩き始めました。

 

 山は、歩いて五分くらいの所にあります。みんなが、山の入り口に揃うと、それぞれが、思い思いの場所に分かれて入りました。この山はだれかんちの持ち物ですですが、あまり手入れしていないので、木の下には雑草がはびこっています。蝉の声は漠然と聞いていると、どこから聞こえてくるのか判りません。ひとつの響きとなってゆめちゃんを包み込みます。特に、油蝉はワーン、ワーンと、ゆめちゃんの頭にバケツをかぶせて、棍棒でなぐったような激しさがありました。ゆめちゃんは目をつぶって、鳴き声の泡立ちを聞き分けました。すると、あそこに、ここに、と、その主の場所が判りました。目を閉じたまま、ゆめちゃんは体をその方向に向けました。そして、目を開け、見上げると、そこに蝉がとまっていたのです。

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 ゆめちゃんは、長い竹の先に鳥もちをたっぷりとつけ、そーっと、蝉に近付けました。ここで、竹を蝉に向かって振りおろしてはいけません。目的の蝉は小さいし、竹は長いので、ゆらゆらしてなかなか蝉を捕らえることができません。ゆめちゃんは、さらに、そーっと近付けました。すると、蝉は気配を感じるのか、バタバタと飛び立ちました。そして、ゆめちゃんが近付けた竹の先にくっついたのです。悲鳴のような鳴き声と共に、あわただしい羽音が、竹を通してゆめちゃんの体に伝ってきました。子供たちは、その音で、蝉が捕まった事が判ります。隆ちゃんが寄って来て、「とれたね」と言いました。ゆめちゃんに、快心の笑顔がありました。と、その時でした。木の向こうで、「ワーッ」と言う悲鳴と、ガサガサと雑草が入り乱れる音がしました。ゆめちゃんと隆ちゃんはただならぬ事が起きたと思いました。

 

 ゆめちゃんと隆ちゃんが声のした所へ行くと、七、八人が囲みをつくっていました。中には菊ちゃんと隣の組内の男の子がにらみ合いをしていました。菊ちゃんが、「やってないっ」と言うと、男の子は「やった」と言いました。木立に囲まれた竹やぶの中の事です。菊ちゃんの蝉とりの竹が間違って当たったのかも知れません。でも、竹やぶを人が通ると、竹がしなって、ひとりでに跳ね返る事もあるので、真偽のほどは不明でした。菊ちゃんが「やっていない」と言った時、男の子の棒切れが動きました。そして、菊ちゃんをポカリとぶったのです。すると、魚捕りの網を頭からかぶって、両手に竹の棒を持っていたみっちゃんが、「こらっ」と怒鳴るやいなや、竹の棒で男の子の棒切れを叩き落としました。男の子は思わぬ方向からの衝撃で「わーっ」と、大声で泣き叫びました。

 

 散らばっていた子供達が集まって来ました。共に十人ずつくらいの人数でした。ゆめちゃんはその中に、もりちゃんがいるのを見つけました。ゆめちゃんはどちらかというと、年下で、ほとんどが一級か二級上の子達ばかりでした。誰か、年長の人が仲裁に入って欲しいと思いました。ところが、よしとみくんが「勝負しよう」と、とんでもない事を言い出したのです。ゆめちゃんは知らなかったけれど、よしとみくんの年代以上の子供達の間では、度々「決闘」が行なわれていたのです。日にちを決めて、同じ場所で「決闘」をすることになりました。お互い「助っ人」を連れて来てもよいということになりました。子供達の戦争が始まったのです。ゆめちゃんは自分だけはずれることはできないと思いました。でも、敵の中にもりちゃんがいる事が気がかりでした。

 

 闘いが始まります。それぞれが自分で武器を用意しなければなりません。隆ちゃんは、同じ長さの竹を三本あわせて、竹刀(しない)のようなものを作ると言いました。しんちゃんは、勤くんが旅行で買って来た木刀があるそうです。菊ちゃんは石ころを集めると言いましたが、怪我をするのでゴム銃で樟(くす)の実を使うと言いました。みっちゃんは「いい考えがある」と言いました。ゆめちゃんは決闘なんて初めてなので、何か考えなければいけません。家に帰って、縁の下や、おとうさんの道具箱を開けて探してみました。夕方になって、ゆめちゃんはおとうさんの引き出しの中に奇麗な金属片を見つけました。何となく、槍の穂先に似ていました。刃物ではないので、怪我をさせることもないと思いました。どうやら、ゆめちゃんは武器を思い付きました。槍を作る事にしたのです。

 

 ゆめちゃんが槍作りに夢中になっている頃、みっちゃんはスコップを肩に、菊ちゃんちの脇を通りがかりました。それを見た、ゴム銃の練習をしていた菊ちゃんが、「何っ、それ」と聞きました。みっちゃんは「ひみつ、ひみつ」と言いながら山へ向かいました。菊ちゃんはみっちゃんを追いかけました。そして、並んで山に入って行きました。ゆめちゃんは、まっすぐな竹を切って来て、枝を払って、適当な長さに切りました。竹に金属片を取り付けてみました。奇麗な槍ができました。でも、金属片がちょっと不安定でした。しばらく考えて、コイルで固定する事にしました。赤いコイルを探してきて、ひと巻きごとに、随分苦労して丁寧に巻き付けていきました。すると、思ったよりずっと本物のような槍ができあがり、ゆめちゃんは飾って置きたいと思いました。

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 闘いが明日と迫った日のこと、みっちゃんと菊ちゃんがやって来ました。ゆめちゃんちのぺるの前で、三人は額がくっつくようにしゃがみこみ、ひそひそ話を始めました。みっちゃんは、ぺるのハアハア言う声が、背中で聞こえてくるのが気になるようです。「かまない?」と聞きました。しばらくして「吠えない?」と聞きました。落ち着かない中でみっちゃんが話した事は、山にいくつかの「落とし穴」を掘って来た事でした。敵を呼び込み、はめる、と言いました。そして、落とし穴にはまった敵に、菊ちゃんがゴム銃で「やっつける」そうです。ゆめちゃんは、落とし穴は面白いと思いましたが、みっちゃんと菊ちゃんが、敵を呼び込むなどの頭を使ったプレイができるかどうか疑問に思いました。

 

 菊ちゃんちの前に子供達が集まりました。それぞれが、手に手に武器を持っています。それと、野球帽の下に新聞紙を入れてクッションにしたり、ボール紙で兜にして鉢巻きしたり、敵の攻撃に備えていました。しんちゃんがめざとく、ゆめちゃんの槍をほめました。すると、みんながゆめちゃんの槍に注目しました。みっちゃんが「おおおーっ」と驚きました。ゆめちゃんは首をかしげました。なぜなら、みっちゃんと菊ちゃんは、すでに見せてもらっていたからです。それでも、みんなを元気づけるのには役に立ったようです。みんなが「おおおおーっ」と言いました。その時、通りがかりのおばさんが「あんたら」と、叱る素振りを見せました。格好を見ただけで、ただごとではないと見えるのです。みんなは、おばさんを相手にしません。おばさんは、ぶつぶつとこごとを言いながら、振り返り、振り返り去って行きました。

 

 宣戦布告などはありません。大体の時間が決めてあるので、みんなが山に入った時が戦闘開始でした。それぞれが、獲物を求めて奥へ、奥へと入って行きました。その時、ゆめちゃんはひとりになっていました。遠くで、ガザガサと草を払う音がします。近くに人の気配はありません。ゆめちゃんは槍を小脇に抱え、武将気分でした。でも、闘いたくはありません。動かず静観しようと思いました。と、その時、ガサッという音と共に子供が跳び出して来ました。ゆめちゃんは思わず槍を突き出しました。相手の顔が見えました。もりちゃんです。ゆめちゃんは「もりちゃん」と呼びかけました。ふたり以外には誰もいないし、闘う必要はないと思ったのです。でも、もりちゃんは緊張した顔つきで「ごめん」と言うや、ゆめちゃんの槍に一撃を加え、逃げて行きました。槍の穂先が曲がってしまいました。

 

 ゆめちゃんの槍は、ただの竹になっていました。悲しいのは、もりちゃんと闘った事です。曲がった槍の穂先をポケットにしまおうとした時、近くで「ウオーッ」と言う叫び声を聞きました。ゆめちゃんは、誰かが闘っていると思いました。図らずも、もりちゃんと闘ったことで、ゆめちゃんは本気になっていました。誰かがやられていたら助けよう、と思って急ぎました。菊ちゃんが立っていました。その足下に、みっちゃんが倒れ込んでいるのを見つけました。「どうしたの?」と聞くと、みっちゃんが「えへへ」と笑い、菊ちゃんが「落とし穴」と言いました。「敵は?」と聞きながら、ゆめちゃんは周りを見回しました。菊ちゃんが「いないよ」と言いました。みっちゃんは自分ではまってしまったのです。

 

 しばらくして、ゆめちゃんの組内の子供達が集まりました。「敵がいない」と、しんちゃんが木刀で草を薙ぎ払いました。よしとみくんが「最初はいた」と言いました。でも、人数が少なかったようです。ゆめちゃんたちが人数が多かったので、逃げて帰ったのではないか、ということです。それと確信したみんなは、「えい、えい、おーっ」と、勝どきをあげました。帰り道、隆ちゃんが「どうしたの?」と、みっちゃんに聞きました。みっちゃんの体のいたる所に枯れ草がついているからです。みっちゃんは気にしていません。ゆめちゃんが、枯れ草を払ってあげていると、菊ちゃんが、みっちゃんは自分で仕掛けた落とし穴に落ちたことを話しました。隆ちゃんには理解できません。菊ちゃんが、いっぱい掘ったから掘った場所を「覚えていなかった」と説明しました。ガサッと音がしたので、逃げようとしたのだそうです。隆ちゃんが笑いました。でも、ゆめちゃんは笑えません。それは、もりちゃんだったかも知れないと思えるからでした。もりちゃんは、また、泊まりに来てくれるだろうか、ゆめちゃんは心配でした。

 

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小説 彼方のゆめちゃん  -13- 「勤くんが大将」

昭和の子どもの物語 小説、エッセイ

 

第13話 「勤くんが大将

 

 ゆめちゃんが初めて野球の試合に出る事になりました。試合が始まる前、みっちゃんと菊ちゃんとゆめちゃんの三人が、監督のかずひろさんに呼ばれました。野球は九回です。監督は「ひとり、三回」と言いました。打順は九番、ライトを守ります。子供達の野球では右バッターが多く、ピッチャーの球もそんなに速くないので、打球はショートやセンター、レフト方向へ飛んで行きます。ライトにはほとんど飛んで行きません。初心者はライトを守ることから野球に慣れます。監督のかずひろさんが、「打席に立ったらぜったいに、バットを振るな」と言いました。みっちゃんの目が落ち着きません。菊ちゃんは「エーッ」と不服そうです。ゆめちゃんは、その意味を考えていました。

 

 みっちゃんに打順が回って来ました。ツーアウトでランナーが三塁にいます。監督が「カブレ、カブレ」と言いました。カブレと言われると、バッターは腰を曲げてベースにかぶさるようにします。そうすると、相手のピッチャーが投げにくくなり、ストライクが取れなくなるのです。監督は、ゆめちゃんたちにはヒットを期待していないのです。フォアボールで塁に出させようとしていました。ところが、みっちゃんは初球からブンブン振り回しました。「みつなりーっ」と監督が怒鳴りました。みっちゃんは振り返り、頭をかいています。結局、みっちゃんは三回ともブンブン振り回しました。

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 試合は勝ちましたが、みっちゃんと菊ちゃんは監督に呼ばれて叱られました。みっちゃんは振ってしまったからです。菊ちゃんはカブレと言われたのに。球が恐くて、バッターボックスの後ろに立ってしまったのです。そんな位置では腰を曲げてもベースにかぶりません。気持ち良くストライクが入り、三振してしまいました。ゆめちゃんはフォアボールを選ぶ事ができました。監督の説教が終わり、道具を片付けていると、勤くんがやって来ました。監督と何か話しています。ゆめちゃんたちに、嫌な予感がありました。少しして、監督がみんなを集めました。そして、「明日、みんなで山に行く」と言いました。どうやら、チームワークづくりのためのハイキングのようです。みんなが「おーっ」と応えました。


 明日のリーダーは勤くんだそうです。帰り道、みっちゃんが「勉さん、来ないかなー」と言いました。菊ちゃんが「おにいちゃんは、当分、アルバイト」で忙しいから来れないと言いました。「勤さん、大将になりたいんだよ」とみっちゃんが言いました。「大将って?」とゆめちゃんが聞きました。「大将はえらいんだよ」とみっちゃんが答えました。ゆめちゃんは、大将になってもえらくはないのになあと思いました。勉さんは面倒見がよいので、年下の子に人気がありますが、勤くんは乱暴なので、みんなはあまり言う事を聞きません。でも、勤くんがチームの監督から頼まれたのであれば、言う事をきかなくてはいけないのです。ゆめちゃんは明日がゆううつに思われてきました。


 よく晴れた日でした。朝ご飯のあと、菊ちゃんちの前に子供達が集まりました。チーム全員なので十人以上はいます。みっちゃんが「どこ、行くんですかあー」と、大きな声で聞くと、勤くんは振り向いて指差しました。「おおおおっ」と、みっちゃんが言いました。みっちゃんは判ったのだろうか、とゆめちゃんは疑いました。ほとんどの者は、どこへ行くのか判らないままでした。「さあ、行くぞ」と勤くんが言うと、みんな「おーっ」と応え、歩き始めました。近所のおばさんが、ものものしい行列に驚いて、「どこ行くの?」と聞きました。勤くんは毅然として歩いていました。おばさんは、後ろの方で歩いていた菊ちゃんに「どこ?」と、もう一度聞きました。すると、みっちゃんが、「どこか」と答えました。おばさんは呆然と立っていました。ゆめちゃんは、お昼ご飯や水筒などを用意していないので不安になりました。


 出発して二時間が過ぎました。晴天の下を歩き、山道を歩きました。みんなが元気が良かったのは、最初の頃だけで、この時は誰ひとりおしゃべりをしていません。菊ちゃんが「おなか、すいたあー」とつぶやきました。みっちゃんがポケットからガムを出して、ゆめちゃんと菊ちゃんにだけ配りました。グニャグニャのガムでした。隆ちゃんがしんちゃんとやって来て、あめ玉を配りました。しんちゃんが、「みんなの分もあるから」と押し付けて行きました。勤くんはしんちゃんのおにいさんです。しんちゃんはおにいさんの強引さを気づかっているようでした。前の方から「がんばれー」と言う、勤くんの声がしました。隆ちゃんがしんちゃんに「どこ行くの?」と聞きました。しんちゃんは知っていると思っていたのです。


 行き先の判らない努力は疲れます。さらに、何の計画性も気遣いもなく連れ回された子供達に、不満が口をついて出るのも仕方ありません。しんちゃんが肩身の狭い思いをしているのが解りました。ゆめちゃんはチームワーク、チームワークと呪文を唱えるようにして、歩いていました。菊ちゃんが「おなかすいたー」と、弱々しげにつぶやきました。みっちゃんが「ポケット、空だよっ」って、言って横綱みたいにお腹をはたきました。その時、「止まれーっ」と、勤くんが言いました。みんなが一か所に集まり、止まりました。すると、勤くんは「腹が減った人ーっ」と言うと、みんなが手を挙げました。そして「喉が渇いた人ーっ」と言うと、また、みんなが手を挙げました。みんなの顔に喜色が浮かびました。


 この時、誰もが、勤くんが「なんとかしてくれる」と期待していました。でも、勤くんは「ついて来い」と言うと、あぜ道に入って行きました。そして「しゃがめーっ」と言いました。勤くんはしばらく立ったまま、周りをうかがっていました。みっちゃんや菊ちゃんが「何するの?」「休憩?」、などと言うと、みんなの緊張が解けたようです。おしゃべりが始まりました。すると、勤くんが「しーっ」と恐い顔をしました。みんなに得体の知れない緊張が走りました。それほど、勤くんの顔は変わっていたのです。ゆめちゃんに悪い予感がありました。


 勤くんが「周りを見てみろ」と言いました。みんなはそれとなく、はばかるように見回しました。畑が広がっていました。のどかな風景です。時々、鳥のさえずる声も聞こえてきました。「ここは、どこだろう」と、ゆめちゃんは思いました。ゆめちゃんは、その時、とんでもなく遠くへ来てしまったことに気付きました。「みましたあー」と、みっちゃんが言いました。勤くんが「声が大きいっ」と叱りました。さすがのみっちゃんもしょげかえっています。ゆめちゃんはドキドキしてきました。「よーく、見ろっ」と、勤くんが座ったまま、周りを指差しました。そこには、熟れかかったトマトがありました。みんながしゃがんでいるのは、トマト畑だったのです。

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 ゆめちゃんには、ようやく、勤くんの考えが解りました。菊ちゃんが不安そうにゆめちゃんの腕を引きました。その時、勤くんが「ひとりずつ行って、取って来い」と命令しました。みんなが動揺しました。でも、勤くんはもう一度「取って来い」と言いました。ただし、「ひとり一個」と言いました。よしとみくんの兄弟三人が最初に行きました。そして、すぐにトマトを手にして帰って来ました。「よしっ」と、勤くんが言い、次を促すと隆ちゃんは行こうかどうか迷っていました。その時、ゆめちゃんが「止めようよ」と言いました。背中には冷や汗が流れていました。勤くんの顔が一層、険しくなりました。


 勤くんは、ゆめちゃんより五つほど年長です。勤くんの言う事を聞かないと何をされるかわかりません。反対するのは勇気がいることでした。でも、ゆめちゃんは、「泥棒」はできないと思ったのです。勤くんが、「ゆめちゃん」と、何か言いかけた時、みっちゃんが「ぼくが行く」と言いました。菊ちゃんがそわそわしていました。しんちゃんが「おにいちゃん、やめようよ」と半べそでした。でも、勤くんは「だめだ」と言いました。すでに、よしとみくん兄弟がトマトをとって来ているのです。「行って来る」と、みっちゃんと菊ちゃんが、決然と言いました。ゆめちゃんは、ふたりだけを悪者にしてはいけないと思いました。


 山を越えると夕焼けが奇麗でした。でも、ゆめちゃんの心は今にも雨が降り出しそうです。盗んだトマトを、みんなで食べました。それがチムワークだと、勤くんが言いました。ゆめちゃんはみじめな思いで、トマトをかじりました。青臭い野菜の味がしました。してしまったことを誰かに言って、なぐさめてもらうこともできません。決して、他人に言ってはいけない、言えない事をしてしまったのです。みんなも同じ思いなのでしょうか。口数が少なくなっていました。そして、間もなく、見覚えのある風景がありました。ゆめちゃんには、緊張が音も無く解けていくのがわかりました。そして、それまで我慢していた涙が、どっと溢れだしました。


 ゆめちゃんは家に着いてしばらく、放心状態でした。おかあさんは「疲れている」と思っているようです。ゆめちゃんに「梨、むいてあげようか?」と言いました。と、その時でした。表で「つとむーっ」と言う怒鳴り声と共に、ズタズタズタッという音がしました。「また、やってるね」とおかあさんが笑って言いました。それは、勉さんが勤くんを追いかけている靴音です。勤くんは勉さんに、ゆめちゃんちの裏の田んぼでつかまりました。トマトの一件を菊ちゃんから聞いた勉さんの怒りは尋常ではありませんでした。勤くんは、「みんながかわいそうだった」と言いながら、勉さんに泣く泣く謝りました。カラスが鳴きました。もうすぐ刈り取りが始まりろうとしています。勤くんのように頭(こうべ)を垂れた稲穂は、黄金(こがね)色に輝いていました。

 

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小説 彼方のゆめちゃん  -12- 「チョコレート」

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第12話 「チョコレート」

 

 菊ちゃんちの前に共同の蛇口があります。蛇口を囲むように子供達が集まっていました。この日は、ゆめちゃんちで法事があり、親戚の人達が沢山集まるというので、菊ちゃんのおじいさんが鶏(ニワトリ)をさばいてくれています。ゆめちゃんが輪の後ろに立って覗き込むと、そこには白いひげのおじいさんが座っていました。おじいさんはゆめちゃんの顔を見ると、ニコッと笑い、鶏をつかまえました。すると、それまでうるさかった子供達は、それが合図ででもあったかのように、息をのみ、しーんと静まりました。そして、次の瞬間、鶏の頭は胴体から離れていました。ゆめちゃんの心臓は止まってしまったかのようでした。

 

 ゆめちゃんちでは親戚や沢山の人が集まる時、決まってガメ煮を作ります。おじいさんのさばいてくれた鶏は、ガメ煮を作るのためのものです。おじいさんは組内で集まりがあるたびに、鶏をさばくのを頼まれます。だから、近所の子供達は何度もこの光景を目にしていました。でも、大人も含めて、慣れっこになった人はいません。そのたびに、人が集まり、緊張の面持ちでおじいさんの儀式を厳粛に見つめていました。みっちゃんが「胴体が歩いたの、見た?」と、菊ちゃんに聞きました。菊ちゃんは「歩いてないよ」と言い、ゆめちゃんを見ました。ゆめちゃんは、歩いたような気がしました。でも、胴体が動いただけのような気もします。首をひねりました。すると、みっちゃんは「歩いた、歩いた、とこ、とこ、とこ、と」と言いながら、スキップで帰って行きました。

 

 ゆめちゃんが家へ帰るとおかあさんが「着替えなさい」と言いました。お客さんが来るからだそうです。ゆめちゃんは普段着でいいと言いましたが、結局着替える事になりました。ゆめちゃんが着替えようとした時、玄関で「来たよー」と声がしたと思ったら、すぐによしたかくんがゆめちゃんの所へやって来ました。ゆめちゃんは挨拶もそこそこに、よしたかくんをおかあさんの所へ連れて行きました。「よく来たねー」とおかあさんが言ったところへ、菊枝おばさんがやって来ました。「ゆめちゃん、こんにちは」とおばさんは、ゆめちゃんの頭を撫で回しました。一息ついた頃、おばさんはゆめちゃんにお小遣いをくれました。ゆめちゃんにいい考えが浮かびました。

 

 ゆめちゃんはこのところ、お小遣いのすべてを、駄菓子屋さんの「クジ」に使っていました。一等賞の大きな板チョコが欲しかったのです。朝から、菊ちゃんと行き、ハズレました。次に、みっちゃんとも行きました。みっちゃんは四等賞で大喜びでしたが、ゆめちゃんはまたハズレでした。ゆめちゃんは菊枝おばさんからお小遣いを貰ったので、今度はよしたかくんと行こうと思ったのです。駄菓子屋さんは坂の上にありました。ゆめちゃんがクジの前に立つと、一等賞はまだ誰も取っていませんでした。よしたかくんが先にクジを引きました。ハズレです。ゆめちゃんが引きました。ハズレでした。ふたりはもう一度ずつ引いたけれど、全部ハズレでした。

 

 駄菓子屋さんからの帰り道、みっちゃんに会いました。「またあー」と、みっちゃんが言いました。ゆめちゃんはあまり話したくありません。黙っていると、みっちゃんが「一等賞、ないよ」と言いました。そして、「あれは、おとりだよ」と言うのです。菊ちゃんも「二等賞はあるかも知れない」けど、一等賞は無いと思うと言います。ゆめちゃんは「ある」と言い切りました。よしたかくんは何度もうなづき、「もう一度、行こう」と言いました。今度はみっちゃんと、菊ちゃんもついて来ました。店のおばさんは「また、来たの」と、あきれ顔でした。

 

 クジは、押して穴をあける形式のものでした。三十か所くらい押す所があり、あと少ししか残っていません。ゆめちゃんは全部開けてやろうと思いました。この時、ゆめちゃんは一等賞に当たることより、「一等賞があるか、ないか」の方に興味が湧いていたのです。結局、一等賞は当たりませんでした。家に帰ると、たっちゃんが来ていました。たっちゃんのおかあさんから「元気だった?」と聞かれ、応えるのもそこそこに、ゆめちゃんはたっちゃんを外に連れ出しました。駄菓子屋さんに行こうとしたのです。よしたかくんが「もう、やめようよ」と言いました。でも、ゆめちゃんの決意は固かったのです。よしたかくんはしぶしぶついて来ました。そして、三人は店の前に立ったのです。

 

 三人が二度ずつクジを引きました。ゆめちゃんが四等賞を当てただけで、みんなはずれでした。ゆめちゃんのポケットはハズレの時に貰うラムネのお菓子でいっぱいになりました。よしたかくんとたっちゃんが帰ろうと言いました。ゆめちゃんはクジの前に立って離れません。たっちゃんが手を引きました。ゆめちゃんが、手を引かれたまま見ているのはクジでした。押す所があと数カ所になっていたのです。ゆめちゃんは空いた手でポケットをまさぐり、お小遣いを探していました。その時、でした。おばさんが笑いながら、「持って行きなっ」と言いました。一等賞の板チョコをあげると、おばさんは言ったのです。よしたかくんとたっちゃんが大喜びで寄って来ました。

 

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 家に帰ると、よしたかくんとたっちゃんが、「ゆめちゃんが一等賞だよー」と大声で叫びました。エプロンがけで、ガメ煮作りに忙しいおばさんたちが振り返り、ゆめちゃんが手にしている大きなチョコレートを見ました。そして、「すごいねえ、ゆめちゃん」と、声を揃えて言いました。ゆめちゃんは、何か得たいの知れないものに負けた感じがして、浮かない顔をしていました。一等賞が当たったわけでもなく、一等賞があったのか無かったのかも判らないのです。ゆめちゃんは悔しくてしょうがありません。「ゆめちゃん、機嫌直しなさい」と、おかあさんがたしなめました。そして、「そろそろ、ゆう子ちゃんたちが来るよ」と言いました。

 

 勇夫(いさお)おじさんは、ゆめちゃんのおとうさんの弟です。勇夫おじさんちには三人の姉妹がいます。一番上がけい子ちゃん、次がまゆ子ちゃん、下がゆう子ちゃんです。みんな美人で、都会の香りがしました。中でも、ゆめちゃんはけい子ちゃんに憧れていました。それはおかあさんや美佐子さんへの思いとは違った、淡い恋心なのかも知れません。勇夫おじさんちの姉妹はいつも三人一緒です。けい子ちゃんもきっと来ると思いました。ゆめちゃんはいつまでもむつかしい顔をしてられません。手にした大きなチョコレートをよしたかくんと、たっちゃんとで分けて食べることにしました。たっちゃんが「うまい、うまい」とかじりついていました。ゆめちゃんは口の中でとけにくいチョコレートだなあと思いました。

 

 夜になって、ガメ煮ができあがりました。みんなで味見をしていると、玄関で「にーさん、来たよーっ」と、大きな声がしました。勇夫おじさんの声です。勇夫おじさんはおとうさんととても仲が良いと、親戚中で有名です。でもおじさんは酒癖が悪くて、少し酒が入るとすぐに兄弟喧嘩を始めるので、おばさんたちにはあまり人気がありません。それでも、ゆめちゃんは元気な声のおじさんが大好きでした。よしたかくんとたっちゃんとで玄関へ向かいました。玄関にはけい子ちゃんとまゆ子ちゃんとゆう子ちゃんが立っていました。その後ろにはおじさんとおばさんがいます。みんな「来たよ」と言って、手を振りました。ゆめちゃんは、勢揃いした勇夫おじさんの家族が眩しくて、目を落としました。すると、ゆめちゃんのことが大好きなゆう子ちゃんが、ゆめちゃんを覗き込むように「おみやげ」と言って差し出したものがあります。一等賞のものより大きくて立派な板チョコでした。

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小説 彼方のゆめちゃん  -11- 「ひとりで映画」

昭和の子どもの物語 小説、エッセイ

 

第11話 「ひとりで映画」

 

 今日も、ゆめちゃんには出番がありませんでした。野球の試合には勝ったけれど、ゆめちゃんや菊ちゃんには退屈でした。でも、みっちゃんは少しだけ出してもらえました。ゆめちゃんと菊ちゃんが肩を並べて帰ろうとしていると、「ゆーめちゃーん、きーくちゃーん」と、叫びながらみっちゃんが追い付いてきました。試合に出してもらえて上機嫌でした。そのみっちゃんが表情を一変させ、「ねえ、知ってる?」と聞きました。ゆめちゃんと菊ちゃんは要領を得ないまま、黙っていました。するとみっちゃんは後ろを振り返り、指差しました。そこには、さっきまで野球をしていた広場があり、丘がありました。

 

 夕食の時、ゆめちゃんはおかあさんに、あの丘のことを聞きました。何度か聞いたけど、おかあさんはその都度、言葉を濁しました。おかあさんがいない時に、おねえちゃんが「人がなくなったの」と険しい顔をして、早口で教えてくれました。その態度が、もうこの話題は終わり、とゆめちゃんには見えました。おとうさんとおにいちゃんが帰って来ました。おにいちゃんが「首つり、あったんだって」とおかあさんに聞きました。おねえちゃんの顔が引き締められ「おにいちゃんっ」と、話を止めようとしました。おかあさんは困った顔をして、「ゆめちゃん、もう寝なさい」と言いました。ゆめちゃんは寝る事にしました。そのあと、おとうさんやおにいちゃんとの間では「首つり自殺」の話が長く続いたようです。

 

 ゆめちゃんは、家の人たちから「首つり自殺」の話を聞くことはできませんでしたが、みっちゃんが話してくれました。丘の上に、木立にかこまれた神社あります。そこの本殿の軒先に太い紐がかけられ、人が下がっていたそうです。みっちゃんはその他にも色々知っていました。ゆめちゃんには、ゆめちゃんの家の人が、その事をひそひそ話すのが理解できませんでした。夜、もう一度おかあさんに聞いてみました。すると、おかあさんは「たえちゃんち行くんだから早く寝なさい」と、話してくれませんでした。ゆめちゃんは明日、おかあさんといっしょに親戚の法事に出かけることになっていました。

 

 二、三日経ってから、この日もゆめちゃんと菊ちゃんはボール拾いです。そして、みっちゃんは「待て」の命令をきかずバットを振って三振してしまったので、罰が与えられ、広場を走らされていました。時々、ゆめちゃんの所を通ります。「ゆーめちゃーん」と呼ぶ声が明るく聞こえました。近付いて来ると、「みたー」と言って離れて行きました。ゆめちゃんは、転がってくるボールを待っているので場所を離れることができません。しばらくすると、また、みっちゃんがやって来ました。「えーが」と言いました。そんな事を何度か繰り返し、やっと、ゆめちゃんは解りました。

 

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 この春、野球をしている広場のすぐ近くに映画館ができました。そこで『地球防衛軍』と『怪獣ドラゴドン』を上映しているのです。前の土曜日、みっちゃんや菊ちゃんは、勉さんの同伴で観てきたばかりなのです。ゆめちゃんは『地球防衛軍』に出て来るロボットが見たくて、みんなと一緒に行くつもりでしたが、その時、親戚の法事に出かけていていけませんでした。みっちゃんの「みたーあ」と言う声で、一度はあきらめていたのですが、また観たくなりました。ゆめちゃんはみっちゃんに、「今度、いくー」と言いました。すると、みっちゃんは「だめだよーっ」と言いながら前を通り過ぎて行きました。「どうしてだろう」と、ゆめちゃんは考えました。その時、ボールが転がって来ました。

 

 みっちゃんが「だめだよーっ」と言った理由は二つありました。ひとつは、映画館へは年長者同伴でなければ行ってはいけない事になっていました。もうひとつは、『地球防衛軍』は明日までです。ゆめちゃんは明日も野球の練習がありました。帰り道、その事を隆ちゃんに話すと、隆ちゃんは「だいじょうぶだよ」と言いました。ひとりで映画館に行くと、切符を買う時に注意されるけど、入れてくれるそうです。ゆめちゃんは、ちょっと恐い気がしました。さらに、隆ちゃんは「夜の部があるよ」と言いました。夜の部は午後六時からだそうです。夏休み中、子供は六時までに家に帰る事になっていました。ゆめちゃんは、おかあさんが許してくれるだろうか心配になりました。

 

 ゆめちゃんは家に帰るとすぐに、おかあさんに「明日、映画に行きたい」と言いました。すると、おかあさんは意外にも簡単に、「いいよ」と言ってくれました。ところが「で、誰と行くの?」と尋ねました。ゆめちゃんは少し言いよどみながら「ひとりで」と言うと、すぐに「いけません」と、答えが返ってきました。「おかあさーん」と言うゆめちゃんの声は、おかあさんに一緒に行ってもらおうとねだっている声です。おかあさんは黙っていました。しばらく、ゆめちゃんとおかあさんはそんなことを繰り返していました。すると、お姉ちゃんが「出るよ」と言いました。ゆめちゃんは、声のする方へ向いて「ん」という顔をしました。

 

 「だって、映画館に行くにはあそこ通るんでしょう」と、お姉ちゃんは言いました。そして、もう一度「出るんだってっ」と恐そうに言います。おかあさんは「やめときなさい」と、お姉ちゃんに言いました。お姉ちゃんは「ほんとうに出るんだから、火の玉」とおかあさんに言いました。火の玉と言うのは人魂のことです。お姉ちゃんはいつも火の玉を恐がります。しばらくの間、お姉ちゃんとおかあさんは「出る」「やめなさい」を繰り返していました。ゆめちゃんには、最初、何の事か解りませんでしたが、そのうち、神社で自殺した人の事を思い出しました。それは、広場の端の丘の上にある神社でした。ちょっと、気味悪く思いました。

 

 「火の玉が出る。幽霊が出る」とおねえちゃんは言いました。でも、この時のゆめちゃんには映画の魅力の方が勝っていました。ゆめちゃんは風呂から帰って来た時も「ねえ」と、おかあさんにねだりました。ご飯の時も、おかあさんが片付けで忙しい時も「ねえ」とねだりました。それを見ていたおとうさんは、ゆめちゃんがうるさかったのか、何か考えがあってなのか、「行かせてあげなさい」と言いました。ゆめちゃんは固い扉が少し開いたような気がしました。そして、今度は声を強めて「ねえ、行きたい」と言いました。すると、おかあさんは「しょうがないわね」と言い、両手を挙げました。おかあさんは、夜、ひとりで遊びに行かせることに不安を感じているのです。「ひとりで行けるの?」と言いました。

 

 ゆめちゃんが心配していた、切符売り場のおねえさんからの注意はありませんでした。ゆめちゃんは『地球防衛軍』を堪能し、映画館を出ました。人がいっぱい歩いています。真っ暗でしたが、全然、恐くなかったのです。ところが、分れ道にさしかかると、何人かが別方向へ帰って行きました。少し、ドキドキしてきました。また、分れ道です。また、何人かが別れて行きました。最後の分れ道を過ぎた時、ゆめちゃんは暗闇の中でひとりぼっちになっていました。もうすぐ、例の所です。電柱の外灯が灯りをともしていますが、間隔が離れていて、かえって寂しさを感じさせました。道はまっすぐに、暗闇に溶け込んでいます。ゆめちゃんは、少し、足早になっていました。

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 まっすぐな道は五百メートルほどの間、両側から木がかぶさっています。昼間は何でもない場所ですが、夜はトンネルの中みたいでした。右手の闇の上に、木立に囲まれた神社があります。何も聞かずにいたら、ゆめちゃんは平気だったでしょうが、おねえちゃんから色々聞いた分、想像が膨らんでしまって、急に恐くなり始めました。スタスタスタ。足音が後ろに聞こえます。ゆめちゃんは何度か振り返りました。でも、見えるのは頼りない外灯だけでした。スタスタスタ。もう、暗闇の真ん中です。歩いていても進んでいるのか、いないのか判りません。と、その時、前の外灯の下で、電信柱に寄り添うように黒い人影がありました。

 

 人影は動きません。ゆめちゃんの足が止まりました。そして、胸の鼓動がドキドキと大きくなりました。幽霊など出るはずない、とおとうさんから教わっていたゆめちゃんですが、目の前の人影がゆらりと揺れると、幽霊かも知れないと思えるのです。進退窮まったゆめちゃんでした。その時でした。ゆめちゃんに小さな勇気がありました。どうせ暗闇です。ゆめちゃんは目をつぶるようにして、再び歩き始めることにしたのです。ゆめちゃんは人影を避けるように、右端を歩いていました。と、その時、ジョボジョボジョボ、と音がしました。ゆめちゃんは、ようやく、その正体が酔っ払いのおじさんの立ち小便であることが判りました。それを知ったゆめちゃんは、その時、最大の難関を通り過ぎていたのです。

 

 翌日のこと。ゆめちゃんは、みっちゃんに映画の話をしました。ゆめちゃんは、期待していたロボットがちょっとしか出なかった事が不満でした。でも、とても面白かったと言うと、「こわくなかった?」と、みっちゃんは言いました。ゆめちゃんが「うううん」と首を振ると、なぜかみっちゃんに元気がありません。バットにグローブを引っかけて、肩にかついで、さっさと広場に向かいました。すると、菊ちゃんが寄って来ました。「映画の事じゃないよ」と言いました。みっちゃんはある夜のこと、おかあさんとあの道を通りました。でも、恐くなって動けなくなったそうです。仕方なく、みっちゃんのおかあさんは、みっちゃんをおぶって帰ったと、菊ちゃんが笑って言いました。

 

 

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小説 彼方のゆめちゃん  -10- 「きんつり」

昭和の子どもの物語 小説、エッセイ

 

第10話 「きんつり」

 

 夏休みになりました。ゆめちゃんにとっての夏休みは、みっちゃんや菊ちゃんが大はしゃぎする程、嬉しくはありません。それは、ゆめちゃんのいつも緊張する性質と関わりがありそうです。ゆめちゃんにとって夏休みは、文字どおり「夏の休み」なのかも知れません。でも、周りはゆめちゃんを休ませてはくれませんでした。朝、六時過ぎ、ゆめちゃんが布団の上でゴロゴロしていると、まじめなふみちゃんとひろこちゃん姉妹が通るのが、朝もやの中に見えました。「ゆーめちゃーん」と、おかあさんの声がします。六時半からのラヂオ体操には、まだ時間があります。ゆっくりしていたいゆめちゃんでした。

 

 ラヂオ体操が終わり、カードにはんこを押してもらっていると、「ねえ、ねえ」と、後ろから声がしました。みっちゃんと菊ちゃんがいました。「来る?」とみっちゃんが聞きました。「チーム作るんだよ」と菊ちゃんが言いました。ふたりの話はとりとめがありません。隆ちゃんが「野球のチームつくるんだ」と説明してくれました。朝ごはんの後、組内の男の子が全員、みっちゃんちに集まりました。みっちゃんのおにいさんが監督です。みんなに野球帽につける手作りのワッペンを配りました。「Y」でした。なぜ、「Y」なのか、説明はありませんでした。ゆめちゃんはワッペンを見て変だなあと思いました。「Y」の上のVの所です。左が細く、右が太くなっていました。本当は、左が太くて、右が細いのです。みっちゃんのおにいさんは苦笑いしながら「逆転、逆転」と言いました。みんな、強いチームができることを確信しました。

 

 野球の練習の帰り道、菊ちゃんが「海、行くんだ」と、嬉しそうでした。菊ちゃんは、ゆめちゃんを羨ましがらせようと思って言った事ですが、ゆめちゃんは羨ましくなかったのです。それより、早く帰って昼寝しようと思いました。家に帰ったゆめちゃんは、家の中のひんやりした場所を見つけて横になっていました。玄関で「おばさーん」と言う声がしました。菊ちゃんちの、新しいお姉さんです。おかあさんが玄関に向かいました。少しして「一緒に行きません?」と、お姉さんが言い、「そうねえ」とおかあさんが答えたのまで聞こえましたが、あとは意識が薄れていきました。

 

 夕食の後、おとうさんが帰って来ました。おかあさんは、おとうさんの夕食を用意しながら「海、どうでしょう」と言いました。おとうさんは晩酌をしながら「行くか」と言いました。ゆめちゃんはゆううつになりました。ゆめちゃんには気が重いことがひとつあったのです。それは「きんつり」でした。男の子供達は、プールや海水浴の時、「きんつり」を着けます。昔はふんどしだったようですが、ゆめちゃんは知りません。ゆめちゃんが水遊びするようになった時は、みんな「きんつり」でした。昔のふんどしが便利になって、越中ふんどしになったようなものでした。三角の小さな布キレでおちんちんを隠しただけで、お尻のほっぺが丸出しでした。ゆめちゃんはワッペンの「Y」字を思い出しました。

 

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 ゆめちゃん達が海水浴に行くには、朝、四時過ぎに家を出ます。おかあさんは寝ないでお弁当を作りました。夜明けにはまだ間があります。菊ちゃんちの外灯の下に、みっちゃんちの家族と菊ちゃんちの家族と、ゆめちゃんちの家族が集まりました。ゆめちゃんのおにいさんとおねえさんは行きません。でも、十人以上の大勢です。子供達が興奮するのは無理もない事です。みっちゃんが「ワーッ」と、駅に向かって駆け出すと、菊ちゃんとゆめちゃんも駆け出しました。歩いて十五分の所に駅があります。そこから汽車に乗り、バスに乗り継いで三、四時間で海水浴場です。ゆめちゃんは旅行気分で、「そのこと」をすっかり忘れていました。

 海水浴場の近くでバスを降りると、歩いてすぐです。みっちゃんと菊ちゃんは海に向かって走り出しました。ゆめちゃんは大人の人と一緒です。海に近付くに連れて、海の家から呼び込みの人が目立つようになりました。「どうですか」と言いながら、腕をとらんばかりに誘います。右から、左から呼び込みの人がやって来ました。おとうさんたちは、物色しながら笑顔であしらっていました。ゆめちゃんは、その間、ずっと目にしているものがありました。どこの海の家にも、浮き輪や水中眼鏡など、水遊びの品々が軒先に吊るされていました。その中に、きんつりと並んで海水パンツがありました。ゆめちゃんの胸がドキドキし始めました。

 

 海の家は着替えて荷物を預けたり、シャワーを使わせてもらったりしますが、泊まる事もできます。ゆめちゃんたちは二泊三日の予定でした。海の家を決めるのに時間がかかりました。その間、ゆめちゃんの目は軒先に吊るされた「海水パンツ」に向いていました。その時、菊ちゃんのおねえさんが「どうしたの?」と声をかけました。ゆめちゃんはおとうさんの陰に隠れました。海の家が決まると、一息する間もなく、みっちゃんが「行こう」と言いました。ゆめちゃんは、気がすすみません。「せっかく来たのだから」と、おかあさんが言いました。すると、みっちゃんは「そうだ、そうだ」と言いながら着替えました。みっちゃんは海水パンツをはいていました。紺色のトランクスに白いベルトがついていました。みっちゃんが都会の子のように見えました。

 

 ゆううつな一日が過ぎました。夕食が終わると、板敷きの上のござの上にぺったんこの布団が敷かれ、蚊帳が吊られました。ゆめちゃんは緊張から解放されて、ぐっすり眠りました。そして、朝、みっちゃんのおねえさんの声で目覚めました。漁師さんが魚をとって来た、とみんなに知らせました。子供達は眠い目をこすりながら、波打ち際に走って行きました。舟の中には魚がいっぱいでした。タコがいました。おじさんが「持って行きな」と言って、くれました。タコは朝ご飯の時、ゆでたものが出ました。人数分ないので、ゆめちゃんは手を出しませんでした。みっちゃんや菊ちゃんはすぐにかじりつきました。「かてー」とみっちゃんが、タコと格闘していました。そして、「ゆめちゃん、あげる」と、食いちぎれないタコを回しました。ゆめちゃんは、上手に食べる事ができました。やはり、みっちゃんは不器用です。 

 

 ゆめちゃんにゆううつな時間が迫っていました。縁側の軒先には、昨日はいたきんつりが下がっていました。誰かが「海、行こうか」と言いました。ゆめちゃんがグズグズしていると、菊ちゃんが「行こう、行こう」と言いました。その時でした。おかあさんが「これっ」と言って、差し出したものがありました。海水パンツでした。ゆめちゃんのゆううつがいっぺんに晴れました。でも、恥ずかしくて、グズグズしていました。おかあさんが「欲しかったんでしょう」と、海水パンツを押し付けました。ようやく、ゆめちゃんの顔に笑顔が戻りました。ゆめちゃんは、早速、着替えをすませました。頭には水中眼鏡が光っています。紺色の海水パンツには白いベルトもついていました。おかあさんが「ちょっと大きかったかな」と言い、すぐに「ゆめちゃんが大きくなれば」似合うようになる、と微笑みました。

 

 三日目、ゆめちゃんは朝早くから起き出して、帰る間際まで海に入って遊びました。夕方、バスに乗って帰ります。バスに乗ると、ゆめちゃんはすぐにうとうとし始めました。後ろの座席にはおかあさんと、菊ちゃんちのお姉さんが座っていました。バスのエンジン音に紛れて、ふたりの会話が聞こえてきました。「ずっと、欲しかったんだね、あの子」と、おかあさんが言いました。「着いた時からずっと」と、お姉さんが言いました。「来年、買ってあげようと思ってたのに」と、おかあさんが言い、「助かったわ」と言うと、「いーええ」と、お姉さんが応えました。どうやら、ゆめちゃんが海水パンツを欲しがっているのを教えてくれたのは、菊ちゃんちのお姉さんだったようです。

 

 

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