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Team 片手業・昭和の子どもの物語 小説、エッセイなど

小説 彼方のゆめちゃん  -11- 「ひとりで映画」

 

第11話 「ひとりで映画」

 

 今日も、ゆめちゃんには出番がありませんでした。野球の試合には勝ったけれど、ゆめちゃんや菊ちゃんには退屈でした。でも、みっちゃんは少しだけ出してもらえました。ゆめちゃんと菊ちゃんが肩を並べて帰ろうとしていると、「ゆーめちゃーん、きーくちゃーん」と、叫びながらみっちゃんが追い付いてきました。試合に出してもらえて上機嫌でした。そのみっちゃんが表情を一変させ、「ねえ、知ってる?」と聞きました。ゆめちゃんと菊ちゃんは要領を得ないまま、黙っていました。するとみっちゃんは後ろを振り返り、指差しました。そこには、さっきまで野球をしていた広場があり、丘がありました。

 

 夕食の時、ゆめちゃんはおかあさんに、あの丘のことを聞きました。何度か聞いたけど、おかあさんはその都度、言葉を濁しました。おかあさんがいない時に、おねえちゃんが「人がなくなったの」と険しい顔をして、早口で教えてくれました。その態度が、もうこの話題は終わり、とゆめちゃんには見えました。おとうさんとおにいちゃんが帰って来ました。おにいちゃんが「首つり、あったんだって」とおかあさんに聞きました。おねえちゃんの顔が引き締められ「おにいちゃんっ」と、話を止めようとしました。おかあさんは困った顔をして、「ゆめちゃん、もう寝なさい」と言いました。ゆめちゃんは寝る事にしました。そのあと、おとうさんやおにいちゃんとの間では「首つり自殺」の話が長く続いたようです。

 

 ゆめちゃんは、家の人たちから「首つり自殺」の話を聞くことはできませんでしたが、みっちゃんが話してくれました。丘の上に、木立にかこまれた神社あります。そこの本殿の軒先に太い紐がかけられ、人が下がっていたそうです。みっちゃんはその他にも色々知っていました。ゆめちゃんには、ゆめちゃんの家の人が、その事をひそひそ話すのが理解できませんでした。夜、もう一度おかあさんに聞いてみました。すると、おかあさんは「たえちゃんち行くんだから早く寝なさい」と、話してくれませんでした。ゆめちゃんは明日、おかあさんといっしょに親戚の法事に出かけることになっていました。

 

 二、三日経ってから、この日もゆめちゃんと菊ちゃんはボール拾いです。そして、みっちゃんは「待て」の命令をきかずバットを振って三振してしまったので、罰が与えられ、広場を走らされていました。時々、ゆめちゃんの所を通ります。「ゆーめちゃーん」と呼ぶ声が明るく聞こえました。近付いて来ると、「みたー」と言って離れて行きました。ゆめちゃんは、転がってくるボールを待っているので場所を離れることができません。しばらくすると、また、みっちゃんがやって来ました。「えーが」と言いました。そんな事を何度か繰り返し、やっと、ゆめちゃんは解りました。

 

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 この春、野球をしている広場のすぐ近くに映画館ができました。そこで『地球防衛軍』と『怪獣ドラゴドン』を上映しているのです。前の土曜日、みっちゃんや菊ちゃんは、勉さんの同伴で観てきたばかりなのです。ゆめちゃんは『地球防衛軍』に出て来るロボットが見たくて、みんなと一緒に行くつもりでしたが、その時、親戚の法事に出かけていていけませんでした。みっちゃんの「みたーあ」と言う声で、一度はあきらめていたのですが、また観たくなりました。ゆめちゃんはみっちゃんに、「今度、いくー」と言いました。すると、みっちゃんは「だめだよーっ」と言いながら前を通り過ぎて行きました。「どうしてだろう」と、ゆめちゃんは考えました。その時、ボールが転がって来ました。

 

 みっちゃんが「だめだよーっ」と言った理由は二つありました。ひとつは、映画館へは年長者同伴でなければ行ってはいけない事になっていました。もうひとつは、『地球防衛軍』は明日までです。ゆめちゃんは明日も野球の練習がありました。帰り道、その事を隆ちゃんに話すと、隆ちゃんは「だいじょうぶだよ」と言いました。ひとりで映画館に行くと、切符を買う時に注意されるけど、入れてくれるそうです。ゆめちゃんは、ちょっと恐い気がしました。さらに、隆ちゃんは「夜の部があるよ」と言いました。夜の部は午後六時からだそうです。夏休み中、子供は六時までに家に帰る事になっていました。ゆめちゃんは、おかあさんが許してくれるだろうか心配になりました。

 

 ゆめちゃんは家に帰るとすぐに、おかあさんに「明日、映画に行きたい」と言いました。すると、おかあさんは意外にも簡単に、「いいよ」と言ってくれました。ところが「で、誰と行くの?」と尋ねました。ゆめちゃんは少し言いよどみながら「ひとりで」と言うと、すぐに「いけません」と、答えが返ってきました。「おかあさーん」と言うゆめちゃんの声は、おかあさんに一緒に行ってもらおうとねだっている声です。おかあさんは黙っていました。しばらく、ゆめちゃんとおかあさんはそんなことを繰り返していました。すると、お姉ちゃんが「出るよ」と言いました。ゆめちゃんは、声のする方へ向いて「ん」という顔をしました。

 

 「だって、映画館に行くにはあそこ通るんでしょう」と、お姉ちゃんは言いました。そして、もう一度「出るんだってっ」と恐そうに言います。おかあさんは「やめときなさい」と、お姉ちゃんに言いました。お姉ちゃんは「ほんとうに出るんだから、火の玉」とおかあさんに言いました。火の玉と言うのは人魂のことです。お姉ちゃんはいつも火の玉を恐がります。しばらくの間、お姉ちゃんとおかあさんは「出る」「やめなさい」を繰り返していました。ゆめちゃんには、最初、何の事か解りませんでしたが、そのうち、神社で自殺した人の事を思い出しました。それは、広場の端の丘の上にある神社でした。ちょっと、気味悪く思いました。

 

 「火の玉が出る。幽霊が出る」とおねえちゃんは言いました。でも、この時のゆめちゃんには映画の魅力の方が勝っていました。ゆめちゃんは風呂から帰って来た時も「ねえ」と、おかあさんにねだりました。ご飯の時も、おかあさんが片付けで忙しい時も「ねえ」とねだりました。それを見ていたおとうさんは、ゆめちゃんがうるさかったのか、何か考えがあってなのか、「行かせてあげなさい」と言いました。ゆめちゃんは固い扉が少し開いたような気がしました。そして、今度は声を強めて「ねえ、行きたい」と言いました。すると、おかあさんは「しょうがないわね」と言い、両手を挙げました。おかあさんは、夜、ひとりで遊びに行かせることに不安を感じているのです。「ひとりで行けるの?」と言いました。

 

 ゆめちゃんが心配していた、切符売り場のおねえさんからの注意はありませんでした。ゆめちゃんは『地球防衛軍』を堪能し、映画館を出ました。人がいっぱい歩いています。真っ暗でしたが、全然、恐くなかったのです。ところが、分れ道にさしかかると、何人かが別方向へ帰って行きました。少し、ドキドキしてきました。また、分れ道です。また、何人かが別れて行きました。最後の分れ道を過ぎた時、ゆめちゃんは暗闇の中でひとりぼっちになっていました。もうすぐ、例の所です。電柱の外灯が灯りをともしていますが、間隔が離れていて、かえって寂しさを感じさせました。道はまっすぐに、暗闇に溶け込んでいます。ゆめちゃんは、少し、足早になっていました。

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 まっすぐな道は五百メートルほどの間、両側から木がかぶさっています。昼間は何でもない場所ですが、夜はトンネルの中みたいでした。右手の闇の上に、木立に囲まれた神社があります。何も聞かずにいたら、ゆめちゃんは平気だったでしょうが、おねえちゃんから色々聞いた分、想像が膨らんでしまって、急に恐くなり始めました。スタスタスタ。足音が後ろに聞こえます。ゆめちゃんは何度か振り返りました。でも、見えるのは頼りない外灯だけでした。スタスタスタ。もう、暗闇の真ん中です。歩いていても進んでいるのか、いないのか判りません。と、その時、前の外灯の下で、電信柱に寄り添うように黒い人影がありました。

 

 人影は動きません。ゆめちゃんの足が止まりました。そして、胸の鼓動がドキドキと大きくなりました。幽霊など出るはずない、とおとうさんから教わっていたゆめちゃんですが、目の前の人影がゆらりと揺れると、幽霊かも知れないと思えるのです。進退窮まったゆめちゃんでした。その時でした。ゆめちゃんに小さな勇気がありました。どうせ暗闇です。ゆめちゃんは目をつぶるようにして、再び歩き始めることにしたのです。ゆめちゃんは人影を避けるように、右端を歩いていました。と、その時、ジョボジョボジョボ、と音がしました。ゆめちゃんは、ようやく、その正体が酔っ払いのおじさんの立ち小便であることが判りました。それを知ったゆめちゃんは、その時、最大の難関を通り過ぎていたのです。

 

 翌日のこと。ゆめちゃんは、みっちゃんに映画の話をしました。ゆめちゃんは、期待していたロボットがちょっとしか出なかった事が不満でした。でも、とても面白かったと言うと、「こわくなかった?」と、みっちゃんは言いました。ゆめちゃんが「うううん」と首を振ると、なぜかみっちゃんに元気がありません。バットにグローブを引っかけて、肩にかついで、さっさと広場に向かいました。すると、菊ちゃんが寄って来ました。「映画の事じゃないよ」と言いました。みっちゃんはある夜のこと、おかあさんとあの道を通りました。でも、恐くなって動けなくなったそうです。仕方なく、みっちゃんのおかあさんは、みっちゃんをおぶって帰ったと、菊ちゃんが笑って言いました。

 

 

—Akitsu & illustration  by  Yasuko Sudo

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