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Team 片手業・昭和の子どもの物語 小説、エッセイなど

小説 彼方のゆめちゃん  -4- 「成績表」

 

第4話 「成績表」

 

 この日、おとうさんは朝ご飯が終わると、ゆめちゃんに「ぺるのお家を新しくするぞ」と言いました。ゆめちゃんは、朝からおとうさんのお手伝いです。縁の下から古材を出してきたり、釘抜きで、釘の抜き方を習ったり、まだ肌寒いというのに、ゆめちゃんの額には汗の玉が光っています。ゆめちゃんは、おとうさんの大工仕事を手伝うのが大好きです。古くて、黒光りする道具箱のふたを開けると、ぷーんと油の匂いがします。鑿(のみ)や鉋(かんな)やのこぎりが鈍く光っています。ゆめちゃんは、道具を見ているだけで色んなことが思い浮かびます。おとうさんから言い付けられた仕事を終えるたびに、道具箱の前にかがみ込み、じーっと道具箱の中を見ていました。ぺるも柔らかい日差しが嬉しくてしきりに尻尾を振っています。

 

   

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 おとうさんが、「ゆめちゃん、もうすぐ春休みだね」と言いました。ゆめちゃんが「うん」と答えた時でした。裏口で「ゆめちゃーん」と呼ぶ声がしました。みっちゃんだと、すぐに判りました。ゆめちゃんが返事もしないで道具箱の中のものをいじっていると、おとうさんが「みっちゃんが来たよ」って言いました。ゆめちゃんが仕方なく立ち上がった時、背中で「うぉー」と言う声がありました。みっちゃんでした。「何、それっ」と、みっちゃんは興奮しています。おとうさんが「みっちゃん、もうすぐ春休みだね」と言いました。そして、散らばる木材に目をやりながら「気をつけて」と言うのもきこえないようです。「春休み」が嬉しいのか、みっちゃんの興奮はおさまりません。ゆめちゃんは、何か悪い事が起こりそうな予感がしました。ぺるも「わん、わん」と吠えました。

 ゆめちゃんが、散らばった木材や道具類を片付けていると、横で、少し興奮がおさまりかけたみっちゃんが「ワーッ」と叫び声をあげました。その声が尋常ではありません。ゆめちゃんは、とうとう「起こってしまった」と思いました。みっちゃんは古材についている釘を踏んでしまったのでした。「ウォー」と、みっちゃんの泣き声が動物のようでした。おとうさんは、仕上げのためのパテを買いに行っていて、いません。ゆめちゃんはすぐに薬箱を取りに行きました。帰って来ると、みっちゃんは縁側に腰をかけ、泣きじゃくりながら、唾をつけた指で傷口を撫でています。「だめだよ、バイキンがはいるよ」と言い、ゆめちゃんは真っ白い綿にオキシフルをしみ込ませて消毒にかかりました。傷口から白い泡が吹き出すと、みっちゃんは再び「ウォー」と泣き声をあげました。

 ゆめちゃんは終業式の日が大好きです。その日が晴れていたら天にも昇る思いで、誰彼なく話しかけたくなります。学校からの帰り道、ずいぶん前の方で子供がふたり、くっついたり離れたり、道路を我が物顔に歩いていました。みっちゃんと菊ちゃんでした。いつもなら、近寄らないのですが、この日は終業式でした。ゆめちゃんの気分は最高です。「みっちゃーん」と声をかけていました。ゆめちゃんに気付いたふたりは、ゆめちゃんの方へかけ戻って来ました。そして、「どうだった」と、みっちゃんが聞きました。成績が上がったか、下がったかを聞かれているのは解りました。ゆめちゃんは、そんなことは他人にみだりにしゃべることではない、と思っています。黙っていると、みっちゃんは「菊ちゃん、下がったんだよっ」と、誇らしげに言いました。菊ちゃんはニコニコしていました。

 ゆめちゃんは黙々と歩いていました。5点だった国語が4点になったからです。みっちゃんは「上がった」と自慢していました。菊ちゃんは下がったようだけど、お家の人は、菊ちゃんの成績に無関心です。「怒られない」と言い、それより、休みがいっぱいあるのが嬉しいようでした。みっちゃんが「ねえ、どうだった?」と、しきりに聞いてきます。ゆめちゃんが答えないと「上がった」ことを自慢できないからです。ゆめちゃんは面倒になって「下がった」と答えました。すると、案の定、みっちゃんは「ぼく、上がった」と言い、成績表をひらひらさせました。ゆめちゃんは増々暗くなりました。

 学校から帰ってすぐに、成績表をおかあさんに渡したのは、ゆめちゃんは嫌な事は目をつぶって、先に終わらせるようにしているからです。夕ご飯の時でした。もう、おとうさんも成績表を見ているほずでした。でも、ふたりとも何も言ってくれません。「どうしたの、早く食べなさい」と言う、おかあさんの声に、ゆめちゃんは胸が締め付けられるようでした。好物の「サバの塩焼き」にお箸をつけようとした時でした。おかあさんが、「ぺるのお家、立派になったね」と言いました。この日、ぺるのお家はペンキを塗って完成していたのです。「ゆめちゃんは、大工仕事が上手だね」と、誉めてくれました。ゆめちゃんは少し元気になりました。

 ゆめちゃんは布団に入ってからも、なかなか眠れませんでした。明日から、ずーと休みになるからです。しんちゃんと何処かへいこうか、隆ちゃんの新しいグローブでキャッチボールをしようか、それとも博子ちゃんちで塗り絵で遊ぼうか。ゆめちゃんには遊ぶ事がいっぱいありました。そんな、こんなを考えていると、ふーっと意識が薄れていきました。だから、夢か現実か判らないのですが、おとうさんとおかあさんが話しているのが聞こえてきました。おかあさんが「みっちゃんのおかあさんは、カンカン」怒っていると言いました。「あまり気にしない方がいい」と、おとうさんがいいました。「でも1が2になって、おおはしゃぎするのも、ねえ」とおかあさんがため息をついていました。そして、おとうさんが「屈託なくていいこじゃないか」と言いました。ゆめちゃんは、みっちゃんが苦手だけれど嫌いじゃありません。おとうさんが「…いいこじゃないか」と、誉めてくれたので嬉しくなりました。

 

—Akitsu & illustration  by  Yasuko Sudo

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