TV、テレビ、自転車ときどきキッチン

Team 片手業・昭和の子どもの物語 小説、エッセイなど

小説 彼方のゆめちゃん  -15- 「竹刀」

 

第15話 「竹刀」

 

 ゆめちゃんは近頃、みっちゃんや菊ちゃんなどが羨(うらや)ましく思える時があります。隆ちゃん、しんちゃん、みんなにおにーさんがいます。ゆめちゃんだっておにいさんはいるけれど、ずいぶん年が離れているので、おにいさんのような気がしません。ゆめちゃんは、遊び方を教えてくれたり、一緒に駄菓子を買いに行ったりしてくれるような、ゆめちゃんの目の前を歩いてくれるおにいさんが欲しいと思いました。この日は、みっちゃんと菊ちゃんは、それぞれのおにいさんとお使いに出ていて留守でした。隆ちゃんは、おにいさんの野球部の試合を見に行っていました。組内にはゆめちゃんしかいなくなっていました。

 

 ゆめちゃんは、こうしてひとりぼっちになったり、雨の日などは、家で工作したり、漫画を読んだりして時間を過ごします。この日は、ちょうど『少年画報』が発売日だったので、ひとりで本屋さんまで行って買って来ました。『少年画報』は少し変わった月刊誌です。月刊誌は、他にも『少年』や『冒険王』などがあり、二十大付録付きなどと言って売られていました。そして、付録のほとんどが工作ものです。どの月刊誌もが、そんな付録を用意している中で、『少年画報』だけは、七大付録と言って、付録の数は少ないけれど、すべて「冊子」だったのです。ゆめちゃんは工作も好きですが、漫画の物語も毎月、期待して待っていました。


 「少年画報」では、『まぼろし探偵』や『赤胴鈴之助』が人気がありました。この時、ゆめちゃんは赤胴鈴之助になりたいと思いました。赤胴鈴之助になって、竜巻雷ノ進(たつまきらいのしん)を真空斬りでやっつける、そんな空想の中にいたのです。赤胴鈴之助になるには、何と言っても赤い胴が必要です。ボール紙で作る事にしました。真ん中に鈴の家紋を描きました。ゆめちゃんは、良くできたと思いました。でも、何かが足りません。ちょんまげや着物は最初からあきらめていました。よーく考えると、赤胴鈴之助は時々、竹刀で闘うのです。ゆめちゃんは、竹刀が駅前のおもちゃやさんで売られているのを見かけました。急に竹刀が欲しくなりました。

        f:id:AkitsuYoshiharu:20150906154842j:plain


 夕ご飯には家族が揃いました。久しぶりなので、おかあさんは嬉しそうです。おにいちゃんのご飯をよそいながら、「明日はどこ行くの?」と聞きました。おにいちゃんは「部品買いに」町に出る、と答えました。今、おにいちゃんはステレオを作っています。「そうなの」と言うおかあさんの顔が緩んで見えました。ゆめちゃんはチャンスだと思いました。「ねえ、買って」と言いました。突然の事で、おかあさんは「えっ」という顔をしました。ゆめちゃんは「しない」と言いました。おかあさんには理解できなかったようです。沈黙がありました。「剣道でもはじめるのか」と、おとうさんが聞きました。最近、山向こうの工業学校に剣道の道場ができた事を、おとうさんは知っていたのです。ゆめちゃんは黙っていました。すると、おねえちゃんが「はーん」と言い、横目でゆめちゃんを見ました。


 「ねえ、おかあさん」とゆめちゃんはねだりました。おかあさんは「続けられるの?」と聞きました。おかあさんは道場に通うと思っているようです。ゆめちゃんが黙っていると、「赤胴鈴之助でしょ」と、おねえちゃんが言いました。おかあさんが「何? それ」と聞きました。おねえちゃんは「小さい子の間ではやってるのよ」と言いました。おかあさんは渋い顔をしました。ゆめちゃんは「ねえ」買って、と言いました。おかあさんは黙ってしまいました。おかあさんが黙ってしまうと希望はありません。ゆめちゃんは、次のチャンスを考えていました。ところが、おにいちゃんが「買ってやる」と言いました。誕生日に何もしてあげないからだそうです。ゆめちゃんの顔が、パッと輝きました。でも、おかあさんは渋い顔でした。


 日曜日の午後、みっちゃんが遊びに来ました。ゆめちゃんが漫画本を読んでいるので、みっちゃんも読む事にしました。「『鉄人』ないの」と聞きました。「あれは『少年』だよ」と言いました。みっちゃんは自分で漫画本を買った事がありません。いつも、隆ちゃんやゆめちゃんが買った本を借りて読んでいるので、『鉄人28号』が載っている雑誌の名前など覚えていません。「『いがぐりくん』は?」と聞きました。『あれは『冒険王』』。ゆめちゃんは少し面倒になってきたので、手元にある、読み終えた『赤銅鈴之助』を貸してあげました。みっちゃんは「おおおーっ」と言いました。そして「読みたかったんだ」と喜びました。


 少年漫画でヒットしているのは、ほとんどがヒーローものでした。それを読むと、みんなヒーローになります。漫画本を読み終えたふたりは、さっそく『赤胴鈴之助』になってしまったのです。そして、みっちゃんは「やろう、やろう」と言いました。しばらくして、みっちゃんは、菊ちゃんや隆ちゃん達を呼び集めて来ました。それぞれ、刀などを手にしていました。ゆめちゃんはこの間作った、ボール紙の胴をつけ、ベルトに刀を差していました。「赤胴鈴之助みたいだね」と、しんちゃんが言うと、ゆめちゃんは「竹刀を買ってもらえる」事を言いました。「いいなあ」と、しんちゃんが羨ましそうでした。


 みっちゃんは、「はじめるよー」と、隆ちゃんが言うのも聞かず、家に走って戻って行きました。みっちゃんを待っていると、勉さんがやって来ました。そして、ゆめちゃんを見つけ、「おにいちゃん、いるかな?」と聞きました。おにいちゃんは町に出かけています。竹刀の事は言わなかったけれど、夕方までには帰って来る事を教えてあげました。勉さんは、意を決したように「わかった」と言って、帰って行きました。そして、少しして、みっちゃんは風呂敷を手にしてやって来ました。「何、それ」と、たかちゃんが不審がり、「どうするの?」と、しんちゃんが聞きました。みっちゃんは、満面の笑みを浮かべて「へへへーっ」と笑いました。

        f:id:AkitsuYoshiharu:20150906154841j:plain


 みっちゃんは手にした風呂敷を対角線に畳みました。そして、それをすっぽりかぶると、覆面になりました。「あっ、そーか」と、菊ちゃんが納得しました。隆ちゃんが「それじゃあ、鞍馬天狗じゃない」と言いました。「『赤胴鈴之助』ごっこじゃないの?」としんちゃんが言うと、みっちゃんは「いいの、いいの」と頓着しません。みんなはあきらめて『鞍馬天狗』で遊びました。夕方、ゆめちゃんのおにいちゃんが帰って来ました。ゆめちゃんが風呂から戻ってくると、部屋の端に長い包みが立てかけてあります。ゆめちゃんは、すぐに「竹刀」だと判りました。おかあさんに「おにいちゃんは?」と聞きました。おかあさんは「勉さんとこ」と言いました。そして、思い出したように「それ、竹刀だってよ。もらいなさい」と、言いました。ゆめちゃんは、明日は絶対、『赤胴鈴之助』ごっこをしようと思いました。


 ゆめちゃんは、おにいちゃんが帰って来るのを待ちきれず、包みを開けてみました。竹刀が入っていました。とても立派なものでした。ゆめちゃんに大きく膨らんだ期待が、いっきにしぼんでしまいました。「これじゃないっ」と、言っていました。ゆめちゃんのおにいちゃんが帰って来ました。おかあさんがおにいちゃんに、「ゆめちゃん、ふくれてるよ」と言いました。おにいちゃんは不審そうに、奥を覗き込みました。ゆめちゃんは、「おにいちゃんは、いつだってそうなんだから」と、思いながらも口にしませんでした。「ありがとう」くらい、言ったらどうか、とおにいちゃんは爆発寸前でした。ゆめちゃんは、年の近いおにいちゃんが欲しいなあ、と思いました。


 ゆめちゃんたちは、朝から野球の練習をしていました。みっちゃんは相変わらず、ポン、ポンとフライを打ち上げて、監督から「転がせ、転がせ」と怒られています。勉さんがやって来ました。監督はかずひろくんですが、勉さんや勤くんは、時々やって来て、練習を見てくれました。この日も、しばらくノックをしてくれて、ゆめちゃんたちはキャッチングを練習しました。練習が終わり、しばらくすると、勉さんがゆめちゃんの所にやって来ました。「竹刀、買ってもらったんだって?」と、突然の質問でした。ゆめちゃんが応えに困っていると、「違ったんだろう」と言いました。そして、「わかった、作ってやるよ」と言いました。ゆめちゃんが話を飲み込めないうちに、何事かがひとりでに進んでいきました。


 数日後、勉さんがやって来ました。そして、ゆめちゃんに手作りの竹刀をくれました。駅前のおもちゃ屋で見た竹刀とは比べ物にならないくらい、粗末なものでしたが、ゆめちゃんの身の丈にあった、遊ぶのに丁度良い大きさの竹刀でした。勉さんがおにいちゃんだったらよかったのになあ、と思いました。勉さんが「買ってもらった竹刀、見せて」と言うので、ゆめちゃんは奥から持って来ました。すると、勉さんは「本物はいいなあ」と、言いました。そして、ゆめちゃんのおにいさんの作るものは、いつも「本物」だと言いました。ゆめちゃんには判りません。黙っていると、「実は」と言い、この間の夜、宿題の鉱石ラヂオ作りを手伝ってもらったことを話したのです。鉱石ラヂオは今、勉さんの学校に飾られているそうです。

 

 —Akitsu & illustration  by  Yasuko Sudo

現在、下記の四つのサイトで Akitsu Blog を公開しています。

 

TV : 新番組、第1話、視聴談など

http://akitsuyoshiharuview.hatenablog.com/

 

昭和のこどもの物語 : 『小説 彼方のゆめちゃん』

http://akitsuyoshiharusyosetsu.hatenablog.com/

 

表紙の言葉 : デザイン、出版、社会

http://akitsuyoshiharuhyoushinokotoba.hatenablog.com/

 

自転車 : フォトエッセイ、エッセイなど

http://akitsuyoshiharucyclingtour.hatenablog.com/

 

*それぞれ3日~7日の周期で更新しています。

 

Akitsu Blog の Index です。更新状況が一覧できます。

http://akitsu.hatenablog.com/