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Team 片手業・昭和の子どもの物語 小説、エッセイなど

小説 彼方のゆめちゃん  -14- 「戦争ごっこ」

 

第14話 「戦争ごっこ」

 

 隣の組内(くみうち)のもりちゃんのおかあさんは、ゆめちゃんのおかあさんと友達です。山向こうの辻のおばさんと三人は、昔、美人三姉妹とはやし立てられるくらい、仲がよくていつも一緒だったそうです。だから、子供同士も仲良しでした。特に、もりちゃんは、時々、ゆめちゃんちに泊まりに来るくらいに仲良しです。もりちゃんちはパン屋さんで、家の前を通る時、いつも、パンを焼くいい匂いがしています。おじさんは、傍ら、神主さんもしています。いつ行っても、おじさんの耳にはイヤフォンがありました。「かぶしき」を聞いているのだそうです。ゆめちゃんには何の事か解りませんでした。おじさんは「勝った」とか「負けた」とか一喜一憂しています。おばさんは「負けてばっかり」と、ゆめちゃんのおかあさんに話していました。

 

 それは、ひょんなことから始まりました。その日は、野球の監督がいないので、ゆめちゃんたちのチームは、練習を早くきりあげて、蝉を獲りに行く事になりました。ゆめちゃんは長い竹のさおの先端に、ゴムのような弾力のある鳥もちをつけて捕る方法を、おとうさんから習いました。竹は、山に行って切ります。ゆめちゃんは家に帰ると、鳥もちの入った丸い缶をポケットにねじ込んで、集合場所に急ぎました。菊ちゃんちの前の共同の蛇口の所にはすでに、菊ちゃんや隆ちゃんを初め、よしとみちゃんとこの三兄弟など、十人以上の組内の子供達が集まっていました。ゆめちゃんは、みっちゃんがいないのに気付きました。「みっちゃんは?」と聞くと、隆ちゃんが首を大きく振りました。

 

 呼びに行った菊ちゃんと一緒にみっちゃんがやって来ました。よしとみちゃんが「何、それ」と、みっちゃんが手にしてるものを指差しました。みっちゃんは、ヘラヘラと笑いました。しんちゃんが「魚とる時の網じゃない」と言いました。みっちゃんは元気に、何度もうなずきました。みっちゃんは不器用なので、鳥もちにくっついた蝉を取る時、いつも失敗してしまいます。だから、「網がいい」と言いました。ゆめちゃんは首をかしげました。蝶々とり網に比べると、ずっと目が荒いからです。みっちゃんはそんなことに頓着しないようです。「行こう、行こう」と、先頭で歩き始めました。

 

 山は、歩いて五分くらいの所にあります。みんなが、山の入り口に揃うと、それぞれが、思い思いの場所に分かれて入りました。この山はだれかんちの持ち物ですですが、あまり手入れしていないので、木の下には雑草がはびこっています。蝉の声は漠然と聞いていると、どこから聞こえてくるのか判りません。ひとつの響きとなってゆめちゃんを包み込みます。特に、油蝉はワーン、ワーンと、ゆめちゃんの頭にバケツをかぶせて、棍棒でなぐったような激しさがありました。ゆめちゃんは目をつぶって、鳴き声の泡立ちを聞き分けました。すると、あそこに、ここに、と、その主の場所が判りました。目を閉じたまま、ゆめちゃんは体をその方向に向けました。そして、目を開け、見上げると、そこに蝉がとまっていたのです。

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 ゆめちゃんは、長い竹の先に鳥もちをたっぷりとつけ、そーっと、蝉に近付けました。ここで、竹を蝉に向かって振りおろしてはいけません。目的の蝉は小さいし、竹は長いので、ゆらゆらしてなかなか蝉を捕らえることができません。ゆめちゃんは、さらに、そーっと近付けました。すると、蝉は気配を感じるのか、バタバタと飛び立ちました。そして、ゆめちゃんが近付けた竹の先にくっついたのです。悲鳴のような鳴き声と共に、あわただしい羽音が、竹を通してゆめちゃんの体に伝ってきました。子供たちは、その音で、蝉が捕まった事が判ります。隆ちゃんが寄って来て、「とれたね」と言いました。ゆめちゃんに、快心の笑顔がありました。と、その時でした。木の向こうで、「ワーッ」と言う悲鳴と、ガサガサと雑草が入り乱れる音がしました。ゆめちゃんと隆ちゃんはただならぬ事が起きたと思いました。

 

 ゆめちゃんと隆ちゃんが声のした所へ行くと、七、八人が囲みをつくっていました。中には菊ちゃんと隣の組内の男の子がにらみ合いをしていました。菊ちゃんが、「やってないっ」と言うと、男の子は「やった」と言いました。木立に囲まれた竹やぶの中の事です。菊ちゃんの蝉とりの竹が間違って当たったのかも知れません。でも、竹やぶを人が通ると、竹がしなって、ひとりでに跳ね返る事もあるので、真偽のほどは不明でした。菊ちゃんが「やっていない」と言った時、男の子の棒切れが動きました。そして、菊ちゃんをポカリとぶったのです。すると、魚捕りの網を頭からかぶって、両手に竹の棒を持っていたみっちゃんが、「こらっ」と怒鳴るやいなや、竹の棒で男の子の棒切れを叩き落としました。男の子は思わぬ方向からの衝撃で「わーっ」と、大声で泣き叫びました。

 

 散らばっていた子供達が集まって来ました。共に十人ずつくらいの人数でした。ゆめちゃんはその中に、もりちゃんがいるのを見つけました。ゆめちゃんはどちらかというと、年下で、ほとんどが一級か二級上の子達ばかりでした。誰か、年長の人が仲裁に入って欲しいと思いました。ところが、よしとみくんが「勝負しよう」と、とんでもない事を言い出したのです。ゆめちゃんは知らなかったけれど、よしとみくんの年代以上の子供達の間では、度々「決闘」が行なわれていたのです。日にちを決めて、同じ場所で「決闘」をすることになりました。お互い「助っ人」を連れて来てもよいということになりました。子供達の戦争が始まったのです。ゆめちゃんは自分だけはずれることはできないと思いました。でも、敵の中にもりちゃんがいる事が気がかりでした。

 

 闘いが始まります。それぞれが自分で武器を用意しなければなりません。隆ちゃんは、同じ長さの竹を三本あわせて、竹刀(しない)のようなものを作ると言いました。しんちゃんは、勤くんが旅行で買って来た木刀があるそうです。菊ちゃんは石ころを集めると言いましたが、怪我をするのでゴム銃で樟(くす)の実を使うと言いました。みっちゃんは「いい考えがある」と言いました。ゆめちゃんは決闘なんて初めてなので、何か考えなければいけません。家に帰って、縁の下や、おとうさんの道具箱を開けて探してみました。夕方になって、ゆめちゃんはおとうさんの引き出しの中に奇麗な金属片を見つけました。何となく、槍の穂先に似ていました。刃物ではないので、怪我をさせることもないと思いました。どうやら、ゆめちゃんは武器を思い付きました。槍を作る事にしたのです。

 

 ゆめちゃんが槍作りに夢中になっている頃、みっちゃんはスコップを肩に、菊ちゃんちの脇を通りがかりました。それを見た、ゴム銃の練習をしていた菊ちゃんが、「何っ、それ」と聞きました。みっちゃんは「ひみつ、ひみつ」と言いながら山へ向かいました。菊ちゃんはみっちゃんを追いかけました。そして、並んで山に入って行きました。ゆめちゃんは、まっすぐな竹を切って来て、枝を払って、適当な長さに切りました。竹に金属片を取り付けてみました。奇麗な槍ができました。でも、金属片がちょっと不安定でした。しばらく考えて、コイルで固定する事にしました。赤いコイルを探してきて、ひと巻きごとに、随分苦労して丁寧に巻き付けていきました。すると、思ったよりずっと本物のような槍ができあがり、ゆめちゃんは飾って置きたいと思いました。

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 闘いが明日と迫った日のこと、みっちゃんと菊ちゃんがやって来ました。ゆめちゃんちのぺるの前で、三人は額がくっつくようにしゃがみこみ、ひそひそ話を始めました。みっちゃんは、ぺるのハアハア言う声が、背中で聞こえてくるのが気になるようです。「かまない?」と聞きました。しばらくして「吠えない?」と聞きました。落ち着かない中でみっちゃんが話した事は、山にいくつかの「落とし穴」を掘って来た事でした。敵を呼び込み、はめる、と言いました。そして、落とし穴にはまった敵に、菊ちゃんがゴム銃で「やっつける」そうです。ゆめちゃんは、落とし穴は面白いと思いましたが、みっちゃんと菊ちゃんが、敵を呼び込むなどの頭を使ったプレイができるかどうか疑問に思いました。

 

 菊ちゃんちの前に子供達が集まりました。それぞれが、手に手に武器を持っています。それと、野球帽の下に新聞紙を入れてクッションにしたり、ボール紙で兜にして鉢巻きしたり、敵の攻撃に備えていました。しんちゃんがめざとく、ゆめちゃんの槍をほめました。すると、みんながゆめちゃんの槍に注目しました。みっちゃんが「おおおーっ」と驚きました。ゆめちゃんは首をかしげました。なぜなら、みっちゃんと菊ちゃんは、すでに見せてもらっていたからです。それでも、みんなを元気づけるのには役に立ったようです。みんなが「おおおおーっ」と言いました。その時、通りがかりのおばさんが「あんたら」と、叱る素振りを見せました。格好を見ただけで、ただごとではないと見えるのです。みんなは、おばさんを相手にしません。おばさんは、ぶつぶつとこごとを言いながら、振り返り、振り返り去って行きました。

 

 宣戦布告などはありません。大体の時間が決めてあるので、みんなが山に入った時が戦闘開始でした。それぞれが、獲物を求めて奥へ、奥へと入って行きました。その時、ゆめちゃんはひとりになっていました。遠くで、ガザガサと草を払う音がします。近くに人の気配はありません。ゆめちゃんは槍を小脇に抱え、武将気分でした。でも、闘いたくはありません。動かず静観しようと思いました。と、その時、ガサッという音と共に子供が跳び出して来ました。ゆめちゃんは思わず槍を突き出しました。相手の顔が見えました。もりちゃんです。ゆめちゃんは「もりちゃん」と呼びかけました。ふたり以外には誰もいないし、闘う必要はないと思ったのです。でも、もりちゃんは緊張した顔つきで「ごめん」と言うや、ゆめちゃんの槍に一撃を加え、逃げて行きました。槍の穂先が曲がってしまいました。

 

 ゆめちゃんの槍は、ただの竹になっていました。悲しいのは、もりちゃんと闘った事です。曲がった槍の穂先をポケットにしまおうとした時、近くで「ウオーッ」と言う叫び声を聞きました。ゆめちゃんは、誰かが闘っていると思いました。図らずも、もりちゃんと闘ったことで、ゆめちゃんは本気になっていました。誰かがやられていたら助けよう、と思って急ぎました。菊ちゃんが立っていました。その足下に、みっちゃんが倒れ込んでいるのを見つけました。「どうしたの?」と聞くと、みっちゃんが「えへへ」と笑い、菊ちゃんが「落とし穴」と言いました。「敵は?」と聞きながら、ゆめちゃんは周りを見回しました。菊ちゃんが「いないよ」と言いました。みっちゃんは自分ではまってしまったのです。

 

 しばらくして、ゆめちゃんの組内の子供達が集まりました。「敵がいない」と、しんちゃんが木刀で草を薙ぎ払いました。よしとみくんが「最初はいた」と言いました。でも、人数が少なかったようです。ゆめちゃんたちが人数が多かったので、逃げて帰ったのではないか、ということです。それと確信したみんなは、「えい、えい、おーっ」と、勝どきをあげました。帰り道、隆ちゃんが「どうしたの?」と、みっちゃんに聞きました。みっちゃんの体のいたる所に枯れ草がついているからです。みっちゃんは気にしていません。ゆめちゃんが、枯れ草を払ってあげていると、菊ちゃんが、みっちゃんは自分で仕掛けた落とし穴に落ちたことを話しました。隆ちゃんには理解できません。菊ちゃんが、いっぱい掘ったから掘った場所を「覚えていなかった」と説明しました。ガサッと音がしたので、逃げようとしたのだそうです。隆ちゃんが笑いました。でも、ゆめちゃんは笑えません。それは、もりちゃんだったかも知れないと思えるからでした。もりちゃんは、また、泊まりに来てくれるだろうか、ゆめちゃんは心配でした。

 

 —Akitsu & illustration  by  Yasuko Sudo

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