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小説 彼方のゆめちゃん  -13- 「勤くんが大将」

 

第13話 「勤くんが大将

 

 ゆめちゃんが初めて野球の試合に出る事になりました。試合が始まる前、みっちゃんと菊ちゃんとゆめちゃんの三人が、監督のかずひろさんに呼ばれました。野球は九回です。監督は「ひとり、三回」と言いました。打順は九番、ライトを守ります。子供達の野球では右バッターが多く、ピッチャーの球もそんなに速くないので、打球はショートやセンター、レフト方向へ飛んで行きます。ライトにはほとんど飛んで行きません。初心者はライトを守ることから野球に慣れます。監督のかずひろさんが、「打席に立ったらぜったいに、バットを振るな」と言いました。みっちゃんの目が落ち着きません。菊ちゃんは「エーッ」と不服そうです。ゆめちゃんは、その意味を考えていました。

 

 みっちゃんに打順が回って来ました。ツーアウトでランナーが三塁にいます。監督が「カブレ、カブレ」と言いました。カブレと言われると、バッターは腰を曲げてベースにかぶさるようにします。そうすると、相手のピッチャーが投げにくくなり、ストライクが取れなくなるのです。監督は、ゆめちゃんたちにはヒットを期待していないのです。フォアボールで塁に出させようとしていました。ところが、みっちゃんは初球からブンブン振り回しました。「みつなりーっ」と監督が怒鳴りました。みっちゃんは振り返り、頭をかいています。結局、みっちゃんは三回ともブンブン振り回しました。

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 試合は勝ちましたが、みっちゃんと菊ちゃんは監督に呼ばれて叱られました。みっちゃんは振ってしまったからです。菊ちゃんはカブレと言われたのに。球が恐くて、バッターボックスの後ろに立ってしまったのです。そんな位置では腰を曲げてもベースにかぶりません。気持ち良くストライクが入り、三振してしまいました。ゆめちゃんはフォアボールを選ぶ事ができました。監督の説教が終わり、道具を片付けていると、勤くんがやって来ました。監督と何か話しています。ゆめちゃんたちに、嫌な予感がありました。少しして、監督がみんなを集めました。そして、「明日、みんなで山に行く」と言いました。どうやら、チームワークづくりのためのハイキングのようです。みんなが「おーっ」と応えました。


 明日のリーダーは勤くんだそうです。帰り道、みっちゃんが「勉さん、来ないかなー」と言いました。菊ちゃんが「おにいちゃんは、当分、アルバイト」で忙しいから来れないと言いました。「勤さん、大将になりたいんだよ」とみっちゃんが言いました。「大将って?」とゆめちゃんが聞きました。「大将はえらいんだよ」とみっちゃんが答えました。ゆめちゃんは、大将になってもえらくはないのになあと思いました。勉さんは面倒見がよいので、年下の子に人気がありますが、勤くんは乱暴なので、みんなはあまり言う事を聞きません。でも、勤くんがチームの監督から頼まれたのであれば、言う事をきかなくてはいけないのです。ゆめちゃんは明日がゆううつに思われてきました。


 よく晴れた日でした。朝ご飯のあと、菊ちゃんちの前に子供達が集まりました。チーム全員なので十人以上はいます。みっちゃんが「どこ、行くんですかあー」と、大きな声で聞くと、勤くんは振り向いて指差しました。「おおおおっ」と、みっちゃんが言いました。みっちゃんは判ったのだろうか、とゆめちゃんは疑いました。ほとんどの者は、どこへ行くのか判らないままでした。「さあ、行くぞ」と勤くんが言うと、みんな「おーっ」と応え、歩き始めました。近所のおばさんが、ものものしい行列に驚いて、「どこ行くの?」と聞きました。勤くんは毅然として歩いていました。おばさんは、後ろの方で歩いていた菊ちゃんに「どこ?」と、もう一度聞きました。すると、みっちゃんが、「どこか」と答えました。おばさんは呆然と立っていました。ゆめちゃんは、お昼ご飯や水筒などを用意していないので不安になりました。


 出発して二時間が過ぎました。晴天の下を歩き、山道を歩きました。みんなが元気が良かったのは、最初の頃だけで、この時は誰ひとりおしゃべりをしていません。菊ちゃんが「おなか、すいたあー」とつぶやきました。みっちゃんがポケットからガムを出して、ゆめちゃんと菊ちゃんにだけ配りました。グニャグニャのガムでした。隆ちゃんがしんちゃんとやって来て、あめ玉を配りました。しんちゃんが、「みんなの分もあるから」と押し付けて行きました。勤くんはしんちゃんのおにいさんです。しんちゃんはおにいさんの強引さを気づかっているようでした。前の方から「がんばれー」と言う、勤くんの声がしました。隆ちゃんがしんちゃんに「どこ行くの?」と聞きました。しんちゃんは知っていると思っていたのです。


 行き先の判らない努力は疲れます。さらに、何の計画性も気遣いもなく連れ回された子供達に、不満が口をついて出るのも仕方ありません。しんちゃんが肩身の狭い思いをしているのが解りました。ゆめちゃんはチームワーク、チームワークと呪文を唱えるようにして、歩いていました。菊ちゃんが「おなかすいたー」と、弱々しげにつぶやきました。みっちゃんが「ポケット、空だよっ」って、言って横綱みたいにお腹をはたきました。その時、「止まれーっ」と、勤くんが言いました。みんなが一か所に集まり、止まりました。すると、勤くんは「腹が減った人ーっ」と言うと、みんなが手を挙げました。そして「喉が渇いた人ーっ」と言うと、また、みんなが手を挙げました。みんなの顔に喜色が浮かびました。


 この時、誰もが、勤くんが「なんとかしてくれる」と期待していました。でも、勤くんは「ついて来い」と言うと、あぜ道に入って行きました。そして「しゃがめーっ」と言いました。勤くんはしばらく立ったまま、周りをうかがっていました。みっちゃんや菊ちゃんが「何するの?」「休憩?」、などと言うと、みんなの緊張が解けたようです。おしゃべりが始まりました。すると、勤くんが「しーっ」と恐い顔をしました。みんなに得体の知れない緊張が走りました。それほど、勤くんの顔は変わっていたのです。ゆめちゃんに悪い予感がありました。


 勤くんが「周りを見てみろ」と言いました。みんなはそれとなく、はばかるように見回しました。畑が広がっていました。のどかな風景です。時々、鳥のさえずる声も聞こえてきました。「ここは、どこだろう」と、ゆめちゃんは思いました。ゆめちゃんは、その時、とんでもなく遠くへ来てしまったことに気付きました。「みましたあー」と、みっちゃんが言いました。勤くんが「声が大きいっ」と叱りました。さすがのみっちゃんもしょげかえっています。ゆめちゃんはドキドキしてきました。「よーく、見ろっ」と、勤くんが座ったまま、周りを指差しました。そこには、熟れかかったトマトがありました。みんながしゃがんでいるのは、トマト畑だったのです。

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 ゆめちゃんには、ようやく、勤くんの考えが解りました。菊ちゃんが不安そうにゆめちゃんの腕を引きました。その時、勤くんが「ひとりずつ行って、取って来い」と命令しました。みんなが動揺しました。でも、勤くんはもう一度「取って来い」と言いました。ただし、「ひとり一個」と言いました。よしとみくんの兄弟三人が最初に行きました。そして、すぐにトマトを手にして帰って来ました。「よしっ」と、勤くんが言い、次を促すと隆ちゃんは行こうかどうか迷っていました。その時、ゆめちゃんが「止めようよ」と言いました。背中には冷や汗が流れていました。勤くんの顔が一層、険しくなりました。


 勤くんは、ゆめちゃんより五つほど年長です。勤くんの言う事を聞かないと何をされるかわかりません。反対するのは勇気がいることでした。でも、ゆめちゃんは、「泥棒」はできないと思ったのです。勤くんが、「ゆめちゃん」と、何か言いかけた時、みっちゃんが「ぼくが行く」と言いました。菊ちゃんがそわそわしていました。しんちゃんが「おにいちゃん、やめようよ」と半べそでした。でも、勤くんは「だめだ」と言いました。すでに、よしとみくん兄弟がトマトをとって来ているのです。「行って来る」と、みっちゃんと菊ちゃんが、決然と言いました。ゆめちゃんは、ふたりだけを悪者にしてはいけないと思いました。


 山を越えると夕焼けが奇麗でした。でも、ゆめちゃんの心は今にも雨が降り出しそうです。盗んだトマトを、みんなで食べました。それがチムワークだと、勤くんが言いました。ゆめちゃんはみじめな思いで、トマトをかじりました。青臭い野菜の味がしました。してしまったことを誰かに言って、なぐさめてもらうこともできません。決して、他人に言ってはいけない、言えない事をしてしまったのです。みんなも同じ思いなのでしょうか。口数が少なくなっていました。そして、間もなく、見覚えのある風景がありました。ゆめちゃんには、緊張が音も無く解けていくのがわかりました。そして、それまで我慢していた涙が、どっと溢れだしました。


 ゆめちゃんは家に着いてしばらく、放心状態でした。おかあさんは「疲れている」と思っているようです。ゆめちゃんに「梨、むいてあげようか?」と言いました。と、その時でした。表で「つとむーっ」と言う怒鳴り声と共に、ズタズタズタッという音がしました。「また、やってるね」とおかあさんが笑って言いました。それは、勉さんが勤くんを追いかけている靴音です。勤くんは勉さんに、ゆめちゃんちの裏の田んぼでつかまりました。トマトの一件を菊ちゃんから聞いた勉さんの怒りは尋常ではありませんでした。勤くんは、「みんながかわいそうだった」と言いながら、勉さんに泣く泣く謝りました。カラスが鳴きました。もうすぐ刈り取りが始まりろうとしています。勤くんのように頭(こうべ)を垂れた稲穂は、黄金(こがね)色に輝いていました。

 

 —Akitsu & illustration  by  Yasuko Sudo

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