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Team 片手業・昭和の子どもの物語 小説、エッセイなど

小説 彼方のゆめちゃん  -12- 「チョコレート」

 

第12話 「チョコレート」

 

 菊ちゃんちの前に共同の蛇口があります。蛇口を囲むように子供達が集まっていました。この日は、ゆめちゃんちで法事があり、親戚の人達が沢山集まるというので、菊ちゃんのおじいさんが鶏(ニワトリ)をさばいてくれています。ゆめちゃんが輪の後ろに立って覗き込むと、そこには白いひげのおじいさんが座っていました。おじいさんはゆめちゃんの顔を見ると、ニコッと笑い、鶏をつかまえました。すると、それまでうるさかった子供達は、それが合図ででもあったかのように、息をのみ、しーんと静まりました。そして、次の瞬間、鶏の頭は胴体から離れていました。ゆめちゃんの心臓は止まってしまったかのようでした。

 

 ゆめちゃんちでは親戚や沢山の人が集まる時、決まってガメ煮を作ります。おじいさんのさばいてくれた鶏は、ガメ煮を作るのためのものです。おじいさんは組内で集まりがあるたびに、鶏をさばくのを頼まれます。だから、近所の子供達は何度もこの光景を目にしていました。でも、大人も含めて、慣れっこになった人はいません。そのたびに、人が集まり、緊張の面持ちでおじいさんの儀式を厳粛に見つめていました。みっちゃんが「胴体が歩いたの、見た?」と、菊ちゃんに聞きました。菊ちゃんは「歩いてないよ」と言い、ゆめちゃんを見ました。ゆめちゃんは、歩いたような気がしました。でも、胴体が動いただけのような気もします。首をひねりました。すると、みっちゃんは「歩いた、歩いた、とこ、とこ、とこ、と」と言いながら、スキップで帰って行きました。

 

 ゆめちゃんが家へ帰るとおかあさんが「着替えなさい」と言いました。お客さんが来るからだそうです。ゆめちゃんは普段着でいいと言いましたが、結局着替える事になりました。ゆめちゃんが着替えようとした時、玄関で「来たよー」と声がしたと思ったら、すぐによしたかくんがゆめちゃんの所へやって来ました。ゆめちゃんは挨拶もそこそこに、よしたかくんをおかあさんの所へ連れて行きました。「よく来たねー」とおかあさんが言ったところへ、菊枝おばさんがやって来ました。「ゆめちゃん、こんにちは」とおばさんは、ゆめちゃんの頭を撫で回しました。一息ついた頃、おばさんはゆめちゃんにお小遣いをくれました。ゆめちゃんにいい考えが浮かびました。

 

 ゆめちゃんはこのところ、お小遣いのすべてを、駄菓子屋さんの「クジ」に使っていました。一等賞の大きな板チョコが欲しかったのです。朝から、菊ちゃんと行き、ハズレました。次に、みっちゃんとも行きました。みっちゃんは四等賞で大喜びでしたが、ゆめちゃんはまたハズレでした。ゆめちゃんは菊枝おばさんからお小遣いを貰ったので、今度はよしたかくんと行こうと思ったのです。駄菓子屋さんは坂の上にありました。ゆめちゃんがクジの前に立つと、一等賞はまだ誰も取っていませんでした。よしたかくんが先にクジを引きました。ハズレです。ゆめちゃんが引きました。ハズレでした。ふたりはもう一度ずつ引いたけれど、全部ハズレでした。

 

 駄菓子屋さんからの帰り道、みっちゃんに会いました。「またあー」と、みっちゃんが言いました。ゆめちゃんはあまり話したくありません。黙っていると、みっちゃんが「一等賞、ないよ」と言いました。そして、「あれは、おとりだよ」と言うのです。菊ちゃんも「二等賞はあるかも知れない」けど、一等賞は無いと思うと言います。ゆめちゃんは「ある」と言い切りました。よしたかくんは何度もうなづき、「もう一度、行こう」と言いました。今度はみっちゃんと、菊ちゃんもついて来ました。店のおばさんは「また、来たの」と、あきれ顔でした。

 

 クジは、押して穴をあける形式のものでした。三十か所くらい押す所があり、あと少ししか残っていません。ゆめちゃんは全部開けてやろうと思いました。この時、ゆめちゃんは一等賞に当たることより、「一等賞があるか、ないか」の方に興味が湧いていたのです。結局、一等賞は当たりませんでした。家に帰ると、たっちゃんが来ていました。たっちゃんのおかあさんから「元気だった?」と聞かれ、応えるのもそこそこに、ゆめちゃんはたっちゃんを外に連れ出しました。駄菓子屋さんに行こうとしたのです。よしたかくんが「もう、やめようよ」と言いました。でも、ゆめちゃんの決意は固かったのです。よしたかくんはしぶしぶついて来ました。そして、三人は店の前に立ったのです。

 

 三人が二度ずつクジを引きました。ゆめちゃんが四等賞を当てただけで、みんなはずれでした。ゆめちゃんのポケットはハズレの時に貰うラムネのお菓子でいっぱいになりました。よしたかくんとたっちゃんが帰ろうと言いました。ゆめちゃんはクジの前に立って離れません。たっちゃんが手を引きました。ゆめちゃんが、手を引かれたまま見ているのはクジでした。押す所があと数カ所になっていたのです。ゆめちゃんは空いた手でポケットをまさぐり、お小遣いを探していました。その時、でした。おばさんが笑いながら、「持って行きなっ」と言いました。一等賞の板チョコをあげると、おばさんは言ったのです。よしたかくんとたっちゃんが大喜びで寄って来ました。

 

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 家に帰ると、よしたかくんとたっちゃんが、「ゆめちゃんが一等賞だよー」と大声で叫びました。エプロンがけで、ガメ煮作りに忙しいおばさんたちが振り返り、ゆめちゃんが手にしている大きなチョコレートを見ました。そして、「すごいねえ、ゆめちゃん」と、声を揃えて言いました。ゆめちゃんは、何か得たいの知れないものに負けた感じがして、浮かない顔をしていました。一等賞が当たったわけでもなく、一等賞があったのか無かったのかも判らないのです。ゆめちゃんは悔しくてしょうがありません。「ゆめちゃん、機嫌直しなさい」と、おかあさんがたしなめました。そして、「そろそろ、ゆう子ちゃんたちが来るよ」と言いました。

 

 勇夫(いさお)おじさんは、ゆめちゃんのおとうさんの弟です。勇夫おじさんちには三人の姉妹がいます。一番上がけい子ちゃん、次がまゆ子ちゃん、下がゆう子ちゃんです。みんな美人で、都会の香りがしました。中でも、ゆめちゃんはけい子ちゃんに憧れていました。それはおかあさんや美佐子さんへの思いとは違った、淡い恋心なのかも知れません。勇夫おじさんちの姉妹はいつも三人一緒です。けい子ちゃんもきっと来ると思いました。ゆめちゃんはいつまでもむつかしい顔をしてられません。手にした大きなチョコレートをよしたかくんと、たっちゃんとで分けて食べることにしました。たっちゃんが「うまい、うまい」とかじりついていました。ゆめちゃんは口の中でとけにくいチョコレートだなあと思いました。

 

 夜になって、ガメ煮ができあがりました。みんなで味見をしていると、玄関で「にーさん、来たよーっ」と、大きな声がしました。勇夫おじさんの声です。勇夫おじさんはおとうさんととても仲が良いと、親戚中で有名です。でもおじさんは酒癖が悪くて、少し酒が入るとすぐに兄弟喧嘩を始めるので、おばさんたちにはあまり人気がありません。それでも、ゆめちゃんは元気な声のおじさんが大好きでした。よしたかくんとたっちゃんとで玄関へ向かいました。玄関にはけい子ちゃんとまゆ子ちゃんとゆう子ちゃんが立っていました。その後ろにはおじさんとおばさんがいます。みんな「来たよ」と言って、手を振りました。ゆめちゃんは、勢揃いした勇夫おじさんの家族が眩しくて、目を落としました。すると、ゆめちゃんのことが大好きなゆう子ちゃんが、ゆめちゃんを覗き込むように「おみやげ」と言って差し出したものがあります。一等賞のものより大きくて立派な板チョコでした。

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—Akitsu & illustration  by  Yasuko Sudo

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