TV、テレビ、自転車ときどきキッチン

Team 片手業・昭和の子どもの物語 小説、エッセイなど

小説 彼方のゆめちゃん  -6- 「勉さんと勤くん」

 第6話 「勉さんと勤くん」


 ゆめちゃんが夕食前の時間を持て余していると、玄関の方が騒がしくなりました。そのうち、勝手口の外の路地でドタドタドタと、足音が響きました。そして、間をおかずに「つとむーっ」と言う叫び声と共に、ズタズタズタと騒がしくなりました。おかあさんが料理の手を止めて、勝手口から外を覗きました。どうやら、おかあさんには何が起こっているのか判ったようで、「勉くん達だ」と言うと、再び流し台の前に立ちました。ゆめちゃんには思い当たる事があり、頭の中が騒がしくなりました。

 些細だけれど、ゆめちゃんがつらい思いをした事件は昼間に起こりました。その日、朝からの雨は昼を過ぎても止みません。学校から帰ったゆめちゃんが、家で漫画を読んでいると「ゆめちゃーん」と呼ぶ声がしました。玄関に行ってみると、隆ちゃんとしんちゃんが立っていました。「家にきなよ」と、しんちゃんが言いました。暇を持て余していたゆめちゃんは、二つ返事で、しんちゃんちに行く事にしました。しんちゃんちに行くと、みっちゃんと菊ちゃんも来ていました。ふたりがいつになく神妙なのは、しんちゃんのおにいさんの勤(つとむ)くんが後ろに控えていたからです。

 こどもたちの真ん中には将棋盤がありました。「山くずし」をするんだ、としんちゃんが言いました。一番になった人は、勤くんが自慢にしている小刀がもらえると言うので、前々から、小刀を欲しがっていたみっちゃんと菊ちゃんは誘われもしないのに来て、「早く、早く」と、ゆめちゃんが席に着くのを急かせました。山くずしは将棋ができない子供のための、将棋を使った遊びです。五人の中ではゆめちゃんが一番上手で、しんちゃんが二番です。しんちゃんはゆめちゃんに勝ちたくて、度々、挑戦してきました。でも、しんちゃんは一度もゆめちゃんに勝ったことがありませんでした。勤くんが小刀を景品にしたのは、しんちゃんもそれを欲しがっているのを知っていたからです。しんちゃんの奮起を促すためでした。

 

             f:id:AkitsuYoshiharu:20141213152949j:plain

 


 山くずしのルールは簡単です。将棋盤の上に駒を山のように積み、指先で一枚ずつ山から抜いていきます。その時、少しでも音がしたら失敗。音がしなかったら、その駒をもらえます。駒には点数があります。歩が1点。香が5点。桂馬が10点。銀20、金50、角60、飛車80、玉と王さまが100点です。みっちゃんは逆さまになった王さまを狙って音を出しました。菊ちゃんは駒を立てきれずに音を出しました。隆ちゃんは歩と金を取りました。ゆめちゃんは歩と金二枚を取りました。しんちゃんは飛車を取りました。勝負は進んで行きました。中盤を過ぎた所で、技術の差がはっきりしてきました。ゆめちゃんとしんちゃんが互角でトップです。菊ちゃんがびりでした。

 ゲームが終盤にさしかかる頃、勝負はゆめちゃんとしんちゃんの一騎討ちになっていました。みっちゃん、菊ちゃん、隆ちゃんに勝ち目はありません。三人は早々とやる気を無くしていました。かわりに、しんちゃんは必死の形相です。ゆめちゃんも負けず嫌いなので、居ずまいをただしました。その頃になって、ようやく後ろの方でただならぬ気配が漂い始めました。大きな咳払いがあったり、「鳴るぞ、鳴るぞ」と脅かしたり、勤くんがうるさくなったのです。しんちゃんの時はそれがありません。明らかに、しんちゃんの味方をしているのです。みっちゃんたちは、やる気を無くしているので気にならないようですが、ゆめちゃんは集中力を無くし始めていました。

 結局、山くずしはしんちゃんが一番になりました。そして、仰々しい小刀の贈呈式がありました。ゆめちゃんはこみあげてくる悔しさを、必死で我慢して、小刀をもらって喜ぶしんちゃんに「よかったね」と言いました。外の雨が強くなっていました。雨に濡れながら走って帰るみっちゃんと菊ちゃんの後ろ姿をみながら、隆ちゃんが「ずるいよね」と、ゆめちゃんをなぐさめるように言いました。ゆめちゃんは我慢できなくなり、涙がポロリと頬を伝いました。「ゆめちゃん」と言う、おかあさんの声がありました。目の前に「鶏の唐揚げ」が置かれていました。おかあさんは「ご飯、食べなさい」と言うと、「何、考えていたの」と聞きました。ゆめちゃんは黙ったまま、唐揚げにお箸をのばしました。口にすると「カリッ」と音がし、ジュワッと肉汁が広がりました。

 「ごめん、ごめん。遅くなっちゃって」と言いながら、おねえちゃんが食卓につきました。「できたばかりだから、早く食べなさい」と言いながら、おかあさんがお櫃(ひつ)のふたを開けました。この日の晩ご飯は三人です。おとうさんは、会社で会議があるので遅くなります。おにいちゃんは友達と町まで本を買いに出かけるので、外食するそうです。「ゆめちゃん、何かあったの?」と、おねえちゃんが聞きました。ゆめちゃんは、黙ったままご飯を食べています。「おかあさん」と、おねえちゃんはおかあさんに聞こうとしました。おかあさんは黙ったまま首を横に振りました。「わん、わん」ぺるが吠えました。「まだやってるのね、あのふたり」と、おかあさんがつぶやきました。

 夜、遅くなって、おにいちゃんが帰って来ました。ゆめちゃんはパジャマに着替えて起きていました。おにいちゃんのお土産を期待していました。でも、おにいちゃんは「ゆめちゃん、山くずし、負けたんだって」と、忘れていたつらい出来事を思い出させました。ゆめちゃんは暗くなってうつむきました。「そうだったの」と、おかあさんは得心顔です。おねえちゃんが「悔しかったのね」と、頭を撫でました。ゆめちゃんは、おにいちゃんがどうして知っているのか不思議でした。「どうして、知ってるの?」と、おかあさんが代わりに聞いてくれました。おねえちゃんが身を乗り出しました。外の雨は止んだようです。ぺるの吠える声もいつの間にか絶えていました。

 その時、おにいちゃんは荒れ地の前を通りかかっていました。雨上がりの、大きな月が出ていて、ふたつの影が見えました。声の様子で、誰かが誰かを叱っているようです。時折、会話の内容がはっきりと聞こえてきました。おにいちゃんは勉さんと、勤くんであることが判りました。近寄ってみると勉さんが、勤くんを叱っていたのです。勉さんは、ゆめちゃんのおにいさんを、ただの年長者というだけでなく、学校の先生のように尊敬しています。勉さんは、おにいちゃんが来たことを知ると、叱るのをやめて頭をかきました。「どうしたの」とおにいちゃんは、勤くんに尋ねました。勤くんは「ぼくが悪いんです」と言い、謝りました。

 勉さんは菊ちゃんのおにいさんです。昼間の「山くずし事件」を菊ちゃんから聞くと、「よっし、おれが言ってやる」と、家を跳び出して行ったそうです。そして、勉さんと勤くんの鬼ごっこが始まりました。勤くんは、勉さんのふたつ下で、腕力も勉さんにかないません。勤くんがいたずらすると、いつも勉さんが叱っています。ゆめちゃんのおにいさんは話を聞いてその場を収めました。ふたりに否やはありません。握手して分かれたそうです。

 「そんなに、小刀、欲しかったんだ」と、おにいちゃんはゆめちゃんに言いました。そして、「いいものあげる」と言って、ちいさな包みを差し出しました。開けてみると「モーター」が入っていました。ゆめちゃんはモーターが大好きです。それで何を作るでもないのに、モーターが欲しくなります。おにいちゃんのお土産でした。「ゆめちゃんのために追っかけごっこしてたのね」と、おかあさんが嬉しそうでした。おねえちゃんは、頑固な勉さんと勤くんが、おにいちゃんの言う事を素直に聞き入れた事に感動していました。でも、ゆめちゃんは密かに知っていました。勉さんは「おねえちゃんのことが好きなのです」。外で、ぺるの鎖の音がしました。間もなく、「ただいまっ」と、おとうさんが帰って来ました。

 

 

            f:id:AkitsuYoshiharu:20141213152905j:plain

 

 

—Akitsu & illustration  by  Yasuko Sudo

現在、下記の四つのサイトで Akitsu Blog を公開しています。

 

TV : 新番組、第1話、視聴談など

http://akitsuyoshiharuview.hatenablog.com/

 

昭和のこどもの物語 : 『小説 彼方のゆめちゃん』

http://akitsuyoshiharusyosetsu.hatenablog.com/

 

表紙の言葉 : デザイン、出版、社会

http://akitsuyoshiharuhyoushinokotoba.hatenablog.com/

 

自転車 : フォトエッセイ、エッセイなど

http://akitsuyoshiharucyclingtour.hatenablog.com/

 

*それぞれ3日~7日の周期で更新しています。

 

Akitsu Blog の Index です。更新状況が一覧できます。

http://akitsu.hatenablog.com/