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Team 片手業・昭和の子どもの物語 小説、エッセイなど

小説 彼方のゆめちゃん  -3- 「ペル」

 

第3話 「ペル」

 

 ゆめちゃんはおにいちゃんが好きだけれど、あまり相手をしてくれません。そのおにーちゃんが珍しく、ゆめちゃんに「剣」を作ってくれると言いました。ゆめちゃんの目が輝きました。おにいちゃんは竹を切ってきて、枝を払うと、ゆめちゃんを物差しにして、丁度良い長さを決めました。そして、長いのと、短いのと、ふたつに切りました。短いのが「束」で、長いのが「鞘」になります。次に、太くて丈夫な針金を探して来て、丁度良い長さに切りました。これもふたつです。ひとつは刃になると、おにいちゃんは言いました。おにいちゃんは着々と作業を進めていきます。ゆめちゃんは、すこし疑うようになりました。

 剣ができあがりました。おにいちゃんは、剣を鞘からズラリと抜き出して、ぺるに向かって構えました。ぺるは「わん、わん」と二、三回、吠えました。おにいちゃんは激しく尻尾を振るぺるを抱き寄せて「なあ、いいだろう」と、剣の出来映えに満足そうです。でも、ゆめちゃんの顔はすぐれません。なぜなら、おにいちゃんが作ってくれた剣は、怪傑ゾロが持っているような剣だったからです。ゆめちゃんが欲しかったのは、鞍馬天狗が持っているようなやつだったのです。そんなゆめちゃんをよそに、おにいちゃんとぺるはおおはしゃぎでした。「わん、わん、わん」。

 ゆめちゃんがみっちゃん達と遊んでいると雨が降り出しました。誰かの家で遊ぼうということになりました。すると、みっちゃんが「ゆめちゃんちはいやだなあ」と言い出しました。「どうして?」と、ゆめちゃんが不服そうに言うと、みっちゃんは、「ゆめちゃんち、犬がいるから」と、言いました。ゆめちゃんは、「ぺるは恐くないよ」って、反論しましたが、みんなも「おれも恐い」と言い出したので、菊ちゃんちで遊ぶことになりました。でも、ゆめちゃんはぺるがかわいそうに思えてきたので、帰ってぺると遊ぼうと思いました。ゆめちゃんは、家に帰ると真っ先にぺるのいる小屋へ行きました。そして、「ぺる、ぺる」と呼びかけました。でも、ぺるは知らぬふりをして、寝そべったまま恨めしそうに、雨が落ちてくる空を見上げていました。

夕方のことでした。菊ちゃんが、「みんな集まっているから」と、ゆめちゃんを誘いに来ました。みっちゃんちだそうです。あまり気乗りがしないまま、ゆめちゃんは菊ちゃんと連れ立って出かけて行きました。みっちゃんちの家の前には、野球チームができる程、子供達が集まっていました。ゆめちゃんが尻込みしていると、同年の隆ちゃんが「ゆめちゃーん」と、呼びました。ゆめちゃんは救われたように、右手を高々と挙げて応えました。輪の中に入って見ると、そこには、子犬を抱いたみっちゃんがいました。しんちゃんが「かわいいね」と、子犬にさわろうとすると、みっちゃんは子犬を抱いたまま背を向けました。よっちゃんが「犬は小さい方がかわいいね」と言いうと、何人かが「そうだね」と声を揃えました。ゆめちゃんは、ぺるが可哀想になりました。

 

 

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 ある日の夜、ゆめの中の遠い所でぺるの吠える声が聞こえてきました。ゆめちゃんは「夢」の中の出来事だと思いましたが、それでも、「ぺる、静かにしなさい」とたしなめました。すると、部屋がざわざわと騒がしくなりました。「あなた」とおかあさんの声がしました。「ん」と、眠そうなおとうさんの声がしました。「どうしたの?」と言うおねえちゃんの声があり、「ったく、もう」と言うおにいちゃんの声がすると、おかあさんが「大丈夫、おとうさんに行ってもらったから」と、ふたりに答えました。ゆめちゃんはやっと、現実のことだと判りました。その時、おとうさんが外から帰って来て、「どーしようもないよ」と困り果てていました。ぺるは滅多に吠えない犬でした。そのぺるが、おとうさんの制止するのも聞き入れず吠えるには、尋常でないことが起こっているのを、みんなが知っています。おとうさんは、そんなみんなの不安を打ち消すように「いたちでも出たんだろう」と言って、布団に入りました。

 翌日の事です。ゆめちゃんが学校から帰って来ると、家の前に二、三人。道路脇に二、三人。あちらにも、こちらにも、エプロン掛けのおばさんや、仕事帰りのおじさんが立ち話をしています。ゆめちゃんは、大人の間をすり抜けるようにして家の中に入りました。家の中には、おかあさんはいませんでした。どこかに出かけたようです。テーブルの真ん中に、ゆめちゃんの好きな塩せんべいが置いてありました。ゆめちゃんは、一枚を頬張りました。そして三、四枚を手にし、ぺるにひと声かけると、外に跳び出して行きました。みっちゃんちに行く気分ではありません。ゆめちゃんは迷わず、しんちゃんちに向かいました。

 ゆめちゃんが、しんちゃんちに行くと、玄関にはずらりと履物が並んでいました。身を乗り出して中をのぞくと、おじさんやおばさんが沢山集まっていました。その中に、おかあさんの顔もありました。どうやら、となり組の会合が行なわれているようです。ちいさな声で「おかあさん」と呼んでみました。おかあさんが振り返りました。そして、ゆめちゃんがいることを知ると、声を出さずに口を大きく動かしています。ゆめちゃんには「お家に帰りなさい」と聞こえました。と、その時、誰かがゆめちゃんの背中を激しくぶちました。ゆめちゃんは我慢して振り向くと、顔じゅうをくしゃくしゃにした、しんちゃんが立っていました。

 ゆめちゃんはしんちゃんと連れ立って、外に出ました。そして、しんちゃんが「ぺるって、すごいね」って、言いました。それまで、ぺるのことを一番恐がっていたしんちゃんの言葉とも思えません。ゆめちゃんは何が何やら解りませんでした。そのうち、よっちゃんも来て「すごい」と言いました。ゆめちゃんが家に帰り着く頃、大勢のこどもが集まっていました。そして、いつもなら「犬がいるだろう」って、言って入ってこない所まで、ついて来ました。振り向くと、子犬を抱いたみっちゃんもいたのです。

 ゆめちゃんの家の庭の後ろは広い田んぼになっています。その右端に何本かの木に囲まれた家が一軒、ぽつんと立っています。おじいさんがひとりで住んでいるのは知っていますが、こども達は、おじいさんの名前を知りません。夜、縁側に立つと、その家にボーと灯りがともっているのを見えます。ゆめちゃんは、誰かが、あそこにいるんだと思うと、暗がりも恐くなくなって嬉しくなります。その家に、昨日の夜ドロボーが入ったそうです。幸い、ドロボーは何も盗らずに逃げてしまったそうです。ぺるが吠えたからだそうです。ぺるは、やはり何かをかぎつけていたのでした。その晩、ぺるのご飯には、おかしらつきのイワシが三尾も乗っていました。

 

—Akitsu & illustration  by  Yasuko Sudo

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