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Team 片手業・昭和の子どもの物語 小説、エッセイなど

小説 彼方のゆめちゃん  -8- 「道草」

 

第8話 「道草」

 

 学校での事です。この日は担任の阿倍先生が出張で、午前中の授業が自習になりました。みんな大人しく自習していたのは、一時間めのなかばくらいまでで、すこしずつ、騒がしくなり始めました。あまり声が大きいと隣の組の先生が注意にきます。それに次第に慣れてくると、奇妙なざわつきに変わりました。後ろの席で男の子が二、三人集まっています。気になる笑いが、時折、起こりました。ゆめちゃんは与えられた問題に必死に集中しようと努力していました。でも、周りが許してくれません。後ろの河野くんが背中を叩いたので振り返ると、黄色い下敷きをひらひらさせました。見せてもらうと、そこにはゼロ戦の戦闘画が楽しく描いてありました。ゆめちゃんは、絵が楽しく描ける河野くんが羨ましくなりました。

 ゆめちゃんは河野くんのような絵が描きたくて、下敷きを取り出しました。でも、ゆめちゃんの下敷きは青でした。上手に描けないような気がしました。今度のお小遣いで黄色の下敷きを買おうと思いました。鉛筆も、いつもゆめちゃんが使っているHBではなくて、濃いのがいいと思いました。ゆめちゃんは河野くんから濃い鉛筆をかりました。そして、下敷きにゼロ戦を描いてみると、青い下敷きでも上手に描けるのです。いつの間にか問題を忘れて、絵を描く事に夢中になっていました。その時、「ゆめちゃん」と読んだのは行徳くんでした。行徳くんは紙を見せて、「だれがいい」と言いました。ゆめちゃんは「ん」と、行徳くんを見上げました。すると、行徳くんは小さな声で「だれが一番かわいいと思う?」と聞きました。

 行徳くんの差し出した紙には、同じクラスのおんなの子の名前が五、六人書いてありました。名前の横には「正の字」が並んでいます。どうやら、行徳くんは何人ものおとこの子から、それを聞き出しているようです。ゆめちゃんは「だれが一番かわいい」と聞かれた時には、もう、一人のおんなの子の顔が浮かんでいました。そして、行徳くんの紙の上にその名前がありました。でも、その子の名前を言えば、一番好きな子を白状したことになります。ゆめちゃんは、みんなからはやしたてられるのが厄介で、恥ずかしいと思いました。どうやって、この状況を切り抜けようかと考えていると、教室の後ろで歓声があがりました。どうやら誰かが、誰かを好きなんだとはやしたてているようです。こういう話になるとおんなの子も加わって、教室は一気に蜂の巣をつついた状態になりました。そして、間もなく、後ろの戸がガラリと開くと「しずかにーいっ」と、隣の組の先生の叱る声がありました。

 

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 放課後、行徳くんがゆめちゃんの所へやって来ました。ゆめちゃんは例の事を迫られると思って、知らぬ振りするつもりで身構えていました。ところが、行徳くんは「一番は末永さんに決まりだよ」と言いました。ゆめちゃんの頬に朱がさしました。行徳くんはゆめちゃんの表情の変化に構わず、「末永さんち、一緒に行こう」と言いました。どうやら、最初から計画されていたことのようです。ゆめちゃんには気になる事がありました。この日は紙芝居が来る日なのです。物語の主人公のおんなの子の行く末が気掛かりです。少し迷いましたが、紙芝居の事はみっちゃんたちに聞く事にして、末永さんちに行く事にしました。

 行徳くんは小田くんや西野くん、原田さんたちを語らって末永さんちに向かいました。ゆめちゃんが後ろについて歩いていると、「ゆめちゃーん」と、声がかかりました。みっちゃんと菊ちゃんが校門の所に立っていました。一緒に帰ろうと待ってくれていたのです。ゆめちゃんがクラスのみんなと帰ると言うと、菊ちゃんが「紙芝居、来るよ」と言いました。みっちゃんは大きくうなずいています。ゆめちゃんは迷いを打ち消すように、紙芝居は見ないと言いました。それは、みっちゃんと菊ちゃんには「きつく」聞こえたかも知れません。みっちゃんが「道草したらいけないんだよ」と不服そうに言いました。菊ちゃんは「いーけないんだ、いけないんだ」と言いながら、坂道をかけ下って行きました。

 末永さんちはゆめちゃんちとは反対の方向にあります。「まだ?」と、ゆめちゃんが聞くと、行徳くんが「まだ、半分くらい」と応えました。楽しさに紛れて、ゆめちゃんはどこをどうやって進んでいるのか分からなくなってしまっていました。ちょっと、胸がドキドキしました。そんな時、末永さんが「ごめんね」と謝りました。末永さんは、家が遠い所にあるのを謝っているのです。ゆめちゃんは「うううん、大丈夫」と言い、つとめて明るく振舞いました。そうこうするうちに、末永さんちに着きました。みんなは、「ただいまー」と言って入って行く末永さんについて、お家に入って行きました。ゆめちゃんは玄関先で立ち止まりました。末永さんちは、どこかで、見たような光景でした。

 

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 ゆめちゃんが玄関で、中に入るのを躊躇していると、末永さんの「ゆーめちゃーん」と呼ぶ声がしました。初めての家に足を踏み入れるのは勇気がいります。ゆめちゃんは、息を吐き出す気分で敷居をまたぎました。すると、ふわーっと、いい香りがしました。みっちゃんや菊ちゃんちにはない香りでした。ドキドキし、頭の中が白くなっていくのが分かりました。なぜか、美佐子さんの顔が浮かびました。ゆめちゃんは何がなんだかわからないうちに、出されたお菓子を食べ、ジュースを飲んでいました。トランプ遊びにも疲れた頃、末永さんのおかあさんが「もうそろそろ四時よ」と、言いました。遠くから来ている子がいることを知っているようでした。みんなが帰り支度をして外に出ると、ゆめちゃんは来た時に感じた事が判りました。それは、末永さんちが紙芝居の絵に似ている事でした。太陽が傾き始めていました。

 いつの間にかゆめちゃんはひとりになっていました。行徳くんたちの家は末永さんちの近くでした。小田くんが帰り道を「あっち行って、こう行って」と教えてくれたのだけど、ゆめちゃんは途中から分からなくなってしまいました。でも、一生懸命に教えてくれる小田くんに「分からない」とは言えませんでした。霞がかった記憶と勘だけで、ここまで来たのです。分かれ道でした。周りを見渡しても見当がつきません。困っていると、遠くで「きーん」と音がしました。断続的に聞こえるその音に、ゆめちゃんは人の気配を感じました。そして、そちらの方向へ向かって歩き出したのです。

 そこには材木が沢山積んでありました。道から右手に曲がった所に山がありました。おがくずです。おがくずのいい匂いで、ゆめちゃんはある事を思い出しました。この春、友達になったばかりの原田さんが「カブトムシ」の話をしてくれたのです。製材所のおがくずの中に幼虫がいて、それを取ってきて育てている、と言うのです。ゆめちゃんは、自分もカブトムシを育ててみたいと思っていました。でも、原田さんは「ひみつ」と言って笑い、製材所の場所を教えてくれませんでした。ゆめちゃんは、ここが原田さんの言っていた製材所だと思いました。そう思うと、ゆめちゃんは時間のことも忘れて、おがくずの山に駆け寄りました。

 ゆめちゃんはカブトムシを見つけることはできなかったけれど、大満足でした。しかし、随分遅くなってしまいました。まだ、陽が落ちたわけではないのに、密集した木の陰に入ると、夜のように暗くなっていました。村と村を隔てる山道でした。人影は見当たりません。ゆめちゃんは、ただ勘だけで道を選んでいます。暗い道が上へ延びていました。木陰の出口が見えません。何度も振り返り、引き返そうと思いました。でも、それもためらわれました。その都度、勘を信じようと努力しました。心細くなったゆめちゃんが頼るものはそれしかなかったからです。去年までのゆめちゃんだったら、泣き出していた事でしょう。込み上げてくる熱いものを押しころしながら歩いていました。すると、かすかな光が見えました。それは、ゆめちゃんの希望の光でもありました。ゆめちゃんは、光に向かって走りだしていました。そして、そこに立つと、朱色に輝く山の端が見渡せました。

 それはいつか見た山の端でした。ゆめちゃんに希望が湧いてきました。おとうさんの自転車に乗せられて、親戚の家に行く時に見た山の形をしていたのです。よーく見ると、間違いありません。だとすると、山の方へ歩いて行くと、おとうさんと通った道があるはずです。ゆめちゃんに勇気が湧いてきて、足取りも軽くなったようです。いつの間にか、駈けるように歩いていました。それでも、ずいぶん歩きました。見覚えのある道に出て、見た事のある家を見つけ、時々行った酒屋さんの前まで来ると、ゆめちゃんの家はもうすぐそこでした。左手に隆ちゃんの家がありました。そして、道の向こうの方に懐かしい姿を見た時、ゆめちゃんは鼻がツーンとしびれ、瞼に涙が溜まりました。

 ふたつの影が駈けよって来ました。みっちゃんと菊ちゃんでした。「おそかったね」と菊ちゃんが言いました。「紙芝居、帰ったよ」とみっちゃんが言いました。いっきに緊張がとけて、ゆめちゃんはふたりの言葉が聞こえません。菊ちゃんが、長々としゃべっていました。どうやら、紙芝居の話のようです。みっちゃんが「ガリッ」と音を出しました。ゆめちゃんは、不自然なその音で、ようやくいつものゆめちゃんになりました。「みっちゃん、それ、噛んじゃだめだよ」と言いました。それは、紙芝居でくれる鼈甲(べっこう)あめでした。ガムほどの厚さで、切符の半分くらいの大きさです。それに文字が刻んであり、舌さきでなめながら切り抜きます。奇麗に切り抜くと景品がもらえるのです。みっちゃんはこらえ性がなく、不器用です。みっちゃんは「あ、はは」と笑いました。

 

 

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小説 彼方のゆめちゃん  -7- 「おねえちゃんのお客さん」

第7話 「おねえちゃんのお客さん」

 

 日曜日の事でした。おねえちゃんにお客さんがありました。おねえちゃんはこの春から高校へ通うようになり、新しい友達ができたのです。おかあさんはお茶をいれたり、お菓子をだしたり忙しそうです。ゆめちゃんは気になって仕方ありません。したくもないのに、トイレに何度も行きました。応接間にお客さんがいました。でも、ゆめちゃんが通る方を向いているのはおねえちゃんでした。お客さんは背中しか見えません。ゆめちゃんがトイレから帰ってくると、おかあさんが「だめですよ」と、ゆめちゃんをたしなめました。ゆめちゃんはしょうがなく、お客さんにだされたと同じお菓子を手にしました。海苔の巻いてある、かたいせんべいでした。

 

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 お客さんにお昼を出すと、おかあさんはゆめちゃんに「焼きめし」を作ってくれました。ゆめちゃんは焼きめしが大好きです。刻んだニラをさっと炒め、ご飯を入れて炒めあわせます。おかあさんがフライパンをサッサッと上下させると、ご飯は、大きな波が打ち寄せて引いて行くようにフライパンにおさまります。それが二、三度繰り返されると出来上がりです。ゆめちゃんは少しだけ醤油をかけて食べます。ゆめちゃんが焼きめしを食べていると、おねえちゃんが食器を運んで来ました。「きれいに食べたのね」と、おかあさんが言うと、おねえちゃんが「信子さん、とてもおいしいって」と言い、ゆめちゃんには「ご飯食べたら、向こうにおいで」と、言いました。ゆめちゃんの胸がドキドキし始めました。

 信子さんはとても奇麗な人でした。細面で切れ長の目が頭の良さを語っているようでした。ゆめちゃんが、応接間に入ると「こんにちは」と言い、「ほんとだ」と言いました。ゆめちゃんは「ほんとだ」という言葉を不審に思ったけれど、胸がドキドキして、「こんにちは」と応えるのがやっとでした。ゆめちゃんは、信子さんがずっと見ているので、顔をあげることができませんでした。助け舟を出すようにおねえちゃんが、「ゆめちゃんに頼みたい事があるんだけど」と言い、ちょっと首をかしげながら、いたずらっぽく笑いました。ゆめちゃんが応える間もなく、それが始まったのです。

 おねえちゃんは箪笥から何枚かの着物を出してきました。そして、白地に朝顔の絵がかいてあるのを手にして、「これだ、これだ」と言い、信子さんに差し出しました。それは、学校で出された宿題で、盆踊りのための浴衣でした。「上手にできてるわね」と、信子さんは感心して見入っています。「えりぐりが上手にできなくて」苦労したと、おねえちゃんは誇らしげに言いました。「じゃ、やっちゃおうか」と、おねえちゃんは信子さんにいたずらっぽく笑いました。信子さんも笑いました。ゆめちゃんが緊張していると、おねえちゃんが「着てくれる?」と、ゆめちゃんの顔を覗き込みました。

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 ゆめちゃんの全身に朝顔の花が咲きました。ちょっと裾をあげ、しめた帯は真っ赤なしぼりです。顔は、軽くはたいたおしろいに淡い頬紅が桜の花のようで、口には口紅までさしてありました。さんざん渋ったゆめちゃんでしたが、信子さんに「お願い」と言われ、ふたりにされるがままになってしまいました。「ほんとに、かわいい」と信子さんが言うと、おねえちゃんが「でしょう」と言いました。ゆめちゃんは、信子さんがゆめちゃんを最初に見た時に「ほんとだ」と言ったことの意味が、やっと判りました。

 恥ずかしいのもひとときの事でした。ゆめちゃんは信子さんが喜んでくれることが嬉しくて、くるりと回って見せたり、お嬢様歩きをして見せたりで、信子さんに十分にサービスしたのでした。時間が経ち、ゆめちゃんはおしっこがしたくなりました。信子さんがおねえちゃんの話に気をとられている時を見はからい、玄関をとび出し、前の溝におしっこを始めました。足音が聞こえてきました。でも、出始めたものは、もう止まりません。止める事ができません。出たがるものを、思いきり出す事にしました。おしっこは弧を描いて、溝に注がれました。

 「おやっ」と立ち止まったのは、この地域で一番年嵩(としかさ)のおばあちゃんでした。ゆめちゃんは肩が上下するほど、驚きました。おばあちゃんは「確か、ゆめちゃんじゃったのう」と言いながら首をかしげました。腰がほぼ九十度に曲がっていて、杖をついているけれど、大きな、そして元気な声でした。ゆめちゃんは、しまうものをしまい終えると、家の中に駆け込みました。そして、驚くおねえちゃんを急かせて、浴衣を脱がせてもらいました。

 着替えを済ませたゆめちゃんが、居間で恥ずかしさに耐えかねるようにゴロゴロしていると、玄関で「ゆーめちゃーん」と呼ぶ声がしました。おねえちゃんが出てくれました。そして、すぐに、信子さんとおねえちゃんの笑い声があがりました。少しして、おねえちゃんがゆめちゃんを呼びに来ました。「みっちゃん、来てるよ」と言うと、笑いをこらえながら応接間に戻って行きました。ゆめちゃんは渋々立って行きました。すると、玄関に異様なものを見たのです。みっちゃんでした。寝起きの寝間着のように、前がはだけかけた着物の裾を菊ちゃんが手にしていました。それはまるで、浴衣を着せた猿のように見えたのです。おねえちゃんと信子さんが再び大笑いすると、みっちゃんと菊ちゃんは満足げに帰って行きました。

 「それは、見たかったなあ」と、おとうさんはお酒を口に運びながら、笑顔で言いました。おねえちゃんから話を聞いたおとうさんはとても残念そうでした。ゆめちゃんは「おんなの格好」したことを、とても後悔していました。「かわいかったのよ」と、おかあさんが言うと、「ほんと、ほんと」とおねえちゃんが言いました。おとうさんは増々、気になり始めたようです。おかあさんは、これ以上からかうとゆめちゃんが怒りだしそうに思いました。そして、「そうそう、みっちゃんも」と話題を変えました。おねえちゃんは、「みっちゃん」と聞いただけで腹を抱えるように笑いだしました。おとうさんは要領を得ないまま「信子さん、大満足だったろうね」と言いました。その時、おかあさんの顔が少し曇りました。

 みんなが「ん」という顔をしました。すると、おかあさんは「久子さん、カンカンですって」と言いました。久子さんはみっちゃんのお姉さんです。みっちゃんは、盆踊りに着て行くつもりで大事にしまってあった、久子さんの浴衣をくしゃくしゃにしてしまったそうです。「久子さん、洗い張りして仕立て直しだそうよ」と、おかあさんは、みっちゃんのいたずらと久子さんの苦労を思いやっていました。そして、思い出したように「そう、そう、ゆめちゃん」と、おかあさんは真顔になりました。ゆめちゃんは少し緊張しました。

 おかあさんの顔は増々硬くなり、「おしっこしたでしょう」と、ゆめちゃんを睨みました。ゆめちゃんは下を向いて声もなくうなずきました。と、おかあさんの声が一変しました。「ゆめちゃん、往還のおばあちゃんにあったでしょう」と、おかあさんは言いました。「うん」。今度は声がありました。「あのおばあちゃんね、ゆめちゃんのこと、ずっとおんなの子だと思っていたんですって」と言い、「今日、初めて知ったそうよ」と言って、微笑みました。ゆめちゃんはそれを「見られたこと」が恥ずかしくて、消え入りそうになりました。おとうさんが「それは良かった」と言うと、みんながどっと笑いました。

小説 彼方のゆめちゃん  -6- 「勉さんと勤くん」

 第6話 「勉さんと勤くん」


 ゆめちゃんが夕食前の時間を持て余していると、玄関の方が騒がしくなりました。そのうち、勝手口の外の路地でドタドタドタと、足音が響きました。そして、間をおかずに「つとむーっ」と言う叫び声と共に、ズタズタズタと騒がしくなりました。おかあさんが料理の手を止めて、勝手口から外を覗きました。どうやら、おかあさんには何が起こっているのか判ったようで、「勉くん達だ」と言うと、再び流し台の前に立ちました。ゆめちゃんには思い当たる事があり、頭の中が騒がしくなりました。

 些細だけれど、ゆめちゃんがつらい思いをした事件は昼間に起こりました。その日、朝からの雨は昼を過ぎても止みません。学校から帰ったゆめちゃんが、家で漫画を読んでいると「ゆめちゃーん」と呼ぶ声がしました。玄関に行ってみると、隆ちゃんとしんちゃんが立っていました。「家にきなよ」と、しんちゃんが言いました。暇を持て余していたゆめちゃんは、二つ返事で、しんちゃんちに行く事にしました。しんちゃんちに行くと、みっちゃんと菊ちゃんも来ていました。ふたりがいつになく神妙なのは、しんちゃんのおにいさんの勤(つとむ)くんが後ろに控えていたからです。

 こどもたちの真ん中には将棋盤がありました。「山くずし」をするんだ、としんちゃんが言いました。一番になった人は、勤くんが自慢にしている小刀がもらえると言うので、前々から、小刀を欲しがっていたみっちゃんと菊ちゃんは誘われもしないのに来て、「早く、早く」と、ゆめちゃんが席に着くのを急かせました。山くずしは将棋ができない子供のための、将棋を使った遊びです。五人の中ではゆめちゃんが一番上手で、しんちゃんが二番です。しんちゃんはゆめちゃんに勝ちたくて、度々、挑戦してきました。でも、しんちゃんは一度もゆめちゃんに勝ったことがありませんでした。勤くんが小刀を景品にしたのは、しんちゃんもそれを欲しがっているのを知っていたからです。しんちゃんの奮起を促すためでした。

 

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 山くずしのルールは簡単です。将棋盤の上に駒を山のように積み、指先で一枚ずつ山から抜いていきます。その時、少しでも音がしたら失敗。音がしなかったら、その駒をもらえます。駒には点数があります。歩が1点。香が5点。桂馬が10点。銀20、金50、角60、飛車80、玉と王さまが100点です。みっちゃんは逆さまになった王さまを狙って音を出しました。菊ちゃんは駒を立てきれずに音を出しました。隆ちゃんは歩と金を取りました。ゆめちゃんは歩と金二枚を取りました。しんちゃんは飛車を取りました。勝負は進んで行きました。中盤を過ぎた所で、技術の差がはっきりしてきました。ゆめちゃんとしんちゃんが互角でトップです。菊ちゃんがびりでした。

 ゲームが終盤にさしかかる頃、勝負はゆめちゃんとしんちゃんの一騎討ちになっていました。みっちゃん、菊ちゃん、隆ちゃんに勝ち目はありません。三人は早々とやる気を無くしていました。かわりに、しんちゃんは必死の形相です。ゆめちゃんも負けず嫌いなので、居ずまいをただしました。その頃になって、ようやく後ろの方でただならぬ気配が漂い始めました。大きな咳払いがあったり、「鳴るぞ、鳴るぞ」と脅かしたり、勤くんがうるさくなったのです。しんちゃんの時はそれがありません。明らかに、しんちゃんの味方をしているのです。みっちゃんたちは、やる気を無くしているので気にならないようですが、ゆめちゃんは集中力を無くし始めていました。

 結局、山くずしはしんちゃんが一番になりました。そして、仰々しい小刀の贈呈式がありました。ゆめちゃんはこみあげてくる悔しさを、必死で我慢して、小刀をもらって喜ぶしんちゃんに「よかったね」と言いました。外の雨が強くなっていました。雨に濡れながら走って帰るみっちゃんと菊ちゃんの後ろ姿をみながら、隆ちゃんが「ずるいよね」と、ゆめちゃんをなぐさめるように言いました。ゆめちゃんは我慢できなくなり、涙がポロリと頬を伝いました。「ゆめちゃん」と言う、おかあさんの声がありました。目の前に「鶏の唐揚げ」が置かれていました。おかあさんは「ご飯、食べなさい」と言うと、「何、考えていたの」と聞きました。ゆめちゃんは黙ったまま、唐揚げにお箸をのばしました。口にすると「カリッ」と音がし、ジュワッと肉汁が広がりました。

 「ごめん、ごめん。遅くなっちゃって」と言いながら、おねえちゃんが食卓につきました。「できたばかりだから、早く食べなさい」と言いながら、おかあさんがお櫃(ひつ)のふたを開けました。この日の晩ご飯は三人です。おとうさんは、会社で会議があるので遅くなります。おにいちゃんは友達と町まで本を買いに出かけるので、外食するそうです。「ゆめちゃん、何かあったの?」と、おねえちゃんが聞きました。ゆめちゃんは、黙ったままご飯を食べています。「おかあさん」と、おねえちゃんはおかあさんに聞こうとしました。おかあさんは黙ったまま首を横に振りました。「わん、わん」ぺるが吠えました。「まだやってるのね、あのふたり」と、おかあさんがつぶやきました。

 夜、遅くなって、おにいちゃんが帰って来ました。ゆめちゃんはパジャマに着替えて起きていました。おにいちゃんのお土産を期待していました。でも、おにいちゃんは「ゆめちゃん、山くずし、負けたんだって」と、忘れていたつらい出来事を思い出させました。ゆめちゃんは暗くなってうつむきました。「そうだったの」と、おかあさんは得心顔です。おねえちゃんが「悔しかったのね」と、頭を撫でました。ゆめちゃんは、おにいちゃんがどうして知っているのか不思議でした。「どうして、知ってるの?」と、おかあさんが代わりに聞いてくれました。おねえちゃんが身を乗り出しました。外の雨は止んだようです。ぺるの吠える声もいつの間にか絶えていました。

 その時、おにいちゃんは荒れ地の前を通りかかっていました。雨上がりの、大きな月が出ていて、ふたつの影が見えました。声の様子で、誰かが誰かを叱っているようです。時折、会話の内容がはっきりと聞こえてきました。おにいちゃんは勉さんと、勤くんであることが判りました。近寄ってみると勉さんが、勤くんを叱っていたのです。勉さんは、ゆめちゃんのおにいさんを、ただの年長者というだけでなく、学校の先生のように尊敬しています。勉さんは、おにいちゃんが来たことを知ると、叱るのをやめて頭をかきました。「どうしたの」とおにいちゃんは、勤くんに尋ねました。勤くんは「ぼくが悪いんです」と言い、謝りました。

 勉さんは菊ちゃんのおにいさんです。昼間の「山くずし事件」を菊ちゃんから聞くと、「よっし、おれが言ってやる」と、家を跳び出して行ったそうです。そして、勉さんと勤くんの鬼ごっこが始まりました。勤くんは、勉さんのふたつ下で、腕力も勉さんにかないません。勤くんがいたずらすると、いつも勉さんが叱っています。ゆめちゃんのおにいさんは話を聞いてその場を収めました。ふたりに否やはありません。握手して分かれたそうです。

 「そんなに、小刀、欲しかったんだ」と、おにいちゃんはゆめちゃんに言いました。そして、「いいものあげる」と言って、ちいさな包みを差し出しました。開けてみると「モーター」が入っていました。ゆめちゃんはモーターが大好きです。それで何を作るでもないのに、モーターが欲しくなります。おにいちゃんのお土産でした。「ゆめちゃんのために追っかけごっこしてたのね」と、おかあさんが嬉しそうでした。おねえちゃんは、頑固な勉さんと勤くんが、おにいちゃんの言う事を素直に聞き入れた事に感動していました。でも、ゆめちゃんは密かに知っていました。勉さんは「おねえちゃんのことが好きなのです」。外で、ぺるの鎖の音がしました。間もなく、「ただいまっ」と、おとうさんが帰って来ました。

 

 

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小説 彼方のゆめちゃん  -5- 「お風呂」

 

第5話 「お風呂」

 

 ゆめちゃんの家にはお風呂がありませんでした。そのかわり、近所に大きな共同浴場があります。小学校の運動場のような広場の縁に体育館のような建物があり、男の人と、女の人のお風呂があります。浴槽も大きな楕円形をしていて、真ん中で仕切ってあります。右が熱いお湯で、左がぬるいお湯です。大人が百人くらいは、入れそうです。その他に、仕事で汚れた人のために、24時間入れる小さなお風呂もついています。どちらも、ただで入れます。ゆめちゃんはこの間まで、おかあさんとお風呂に行っていました。

 ある日のこと、いつものように、おかあさんにカランで体を洗ってもらっていると、後ろの方で「麗子さんっ」と、おかあさんを呼ぶ声がしました。男の人のような、低くて大きな声でした。ゆめちゃんが振り向いて、見上げると、大きなおっぱいとの大きなお腹のおばさんが立っていました。前をおさえている手ぬぐいが、ハンカチのように見えました。どうやら、おかあさんとは仲良しのようですが、ゆめちゃんは会った記憶がありません。ゆめちゃんは、人見知りする性格です。初めて会う人が苦手なので、横を向きました。すると、おばさんは、「おや、ゆめちゃんかい?」と、ゆめちゃんを覗き込みました。そして、「あらっ、チンチンあるじゃないか」と言い、「チンチンある子は、隣のお風呂だよっ」って言って、おかあさんと一緒に大きな声で笑いました。それ以来、ゆめちゃんは遅くなっても、おとうさんの帰りを待って、おとうさんと一緒にお風呂に行くようになりました。

 

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ゆめちゃんがひとりでお風呂に行けるようになったのは、それから間もなくのことでした。この日、ゆめちゃんは隆ちゃんを誘いました。隆ちゃんのお家の人は、共同浴場ができる前から住んでいるので、家にはお風呂があります。だから、隆ちゃんはあまり共同浴場へは行きません。共同浴場は子供達の遊び場でもありました。お風呂が開く午後二時から五時頃までは、あちらの地域、こちらの地域から沢山の子供が集まって来ます。お風呂に行かなければ友達ができません。隆ちゃんはおにいさんがいるので、おにいさんやおにいさんの友達と遊ぶ事が多かったのです。だから、色んな事を知っていて、色んな事が上手でした。でも、ゆめちゃんには、時々、隆ちゃんが寂しそうに見えたのです。久しぶりに隆ちゃんと遊んだ帰り道、ゆめちゃんは「お風呂、行こう」と、隆ちゃんを誘いました。すると、隆ちゃんの目がパッと輝き、「行こう、行こう」と、嬉しそうに応えました。

 隆ちゃんを誘ってお風呂に行くのは遠回りになります。菊ちゃんやみっちゃんちの前を通るのが気掛かりでした。ゆめちゃんは、運良くふたりに気付かれずに、隆ちゃんの大きな家まで来ることができました。「たかちゃーん」と呼びました。すると、隆ちゃんのおかあさんが顔を出したので、ゆめちゃんはちょっと緊張しました。おばさんは「ありがとうね、ゆめちゃん」と、笑顔です。ゆめちゃんは胸を張りました。「行こう、行こう」と言いながら、隆ちゃんが出てきました。すると、おばさんが、石けんや手ぬぐい、着替えなどを納めた洗面器を渡そうとしました。ゆめちゃんは「そんなのいらないよっ」と言うと、おばさんはゆめちゃんを見ました。ゆめちゃんは手ぬぐいしか持っていません。「あら」と、不思議そうにしました。そして「着替えは?」と聞きました。ゆめちゃんは、もう一度胸を張って、右手でズボンのポケットを、ポンポンと叩いて見せました。

 子供達がお風呂に行くのは「遊ぶため」です。着替えはパンツとシャツだけなので、ポケットに突っ込みます。そして手ぬぐいは、その都度、遊び道具になります。お風呂に行くと、必ず近所のおじさんがいて石けんを貸してくれるし、知っている人がいなくても、その辺に何個かが転がっているのです。もちろん、石けんがどこにもない時は、お湯に浸かるだけで帰ります。隆ちゃんのおかあさんはようやく理解してくれたようです。笑顔で、ふたりを送り出してくれました。その時、「ゆめちゃん、隆、寝るから気をつけてあげてね」とおばさんが言いました。ゆめちゃんは「はい」と大きく応えました。その時、ゆめちゃんはおばさんの言葉の重大さに気付いていませんでした。

 ゆめちゃんと隆ちゃんが、ガードをくぐって坂道をのぼっていると、「ゆめちゃーん」「たかちゃーん」と、声がしました。ゆめちゃんは「ドキリ」としました。みっちゃんでした。菊ちゃんも後からくると言いました。手には手ぬぐいがありました。でも、「いいとこ、行くんだっ」って言うので、ゆめちゃんは不思議に思いました。菊ちゃんが追い付いて来るとみっちゃんは、「行こう」と言い、菊ちゃんの手を引っ張り、ふたりは駆け出しました。ゆめちゃんは、すこしホッとしました。でも、すぐに、緊張しなければならなくなりました。菊ちゃんが引き返して来たのです。そして、「ゆめちゃんも行かない?」って聞きました。「何処へ?」とは、ゆめちゃんは聞きません。みっちゃんと菊ちゃんが言う「いいとこ」はきっと、「よくないこと」のような気がしたのです。

 共同浴場は広場を前に、丘を背にして建っています。なだらかな斜面には何本かの桜の木が植えてありました。結局、ゆめちゃんと隆ちゃんが、菊ちゃんにせかされながら行った所は桜の木の下でした。花はまだ五分咲きくらいなので、「いいとこ」とは思えませんでした。「おーい」と呼ぶ声がしました。声の主を探すと、木の上にみっちゃんがいました。みっちゃんは「見える、見える」と言い、「早く、早く」とみんなを誘いました。ゆめちゃんには何が「見える」のかが想像できました。その木は女の人が入るお風呂の裏手にあったのです。菊ちゃんが嬉しそうに、木にのぼって行きました。ゆめちゃんはくるっ振り向き、共同浴場の玄関に向かいました。隆ちゃんもついて来ました。と、その時、背後で「コラーッ」と、大きな声がしました。

 

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 夕方の共同浴場は子供達でいっぱいです。隆ちゃんが「ワーッ」と興奮しました。浴槽の手すりに、ずらりと子供が座って、じゃんけん遊びをしていました。二、三十人はいます。中央は比較的すいていて、何人かが泳いでいました。ゆめちゃんと隆ちゃんは急いで服を脱ぎ、じゃんけん遊びの仲間に入りました。一番左に座っているのが元帥で、じゃんけんで一番強い人です。次が大将、中将、少将と言う風に並んでいます。初めて加わる時は、一番右の人の前に立ち、おじぎをしてじゃんけんします。勝てば、左へ進み、おじぎしてじゃんけんします。負けた所が自分の座る場所です。勝った人が左へ進む権利を得て、その場所から左へじゃんけん勝負を続けます。

 ゆめちゃんはじゃんけん遊びが大好きです。考える事も、難しい技術も必要がなくて、沢山の知らない友達と遊ぶ事ができるからです。ゆめちゃんは何人かを勝ち抜いていて、夢中になっていました。7人目の所で負けました。負けると、勝った人と入れ替わり座ります。その時、ようやく隆ちゃんのことが気になり始めたのです。後ろから着いて来ていると思っていましたが、後ろには知らない子がいました。ぐるりと見渡すと、ようやく見つける事ができました。でも、手すりにもたれかかった隆ちゃんの様子が変でした。プーカ、プーカしているのです。奇妙ではあったのですが、ゆめちゃんの前でおじぎする子がいました。勝負です。ゆめちゃんは、勝負に集中しました。

 ゆめちゃんはじゃんけん遊びで、負けたり、勝ったりしていました。負けて座ると、その都度、隆ちゃんの方を見ていました。隆ちゃんはずーっと、プーカ、プーカしていましたが、気付いたら姿が見えません。ゆめちゃんの背筋に、スーッと冷たいものが走りました。と、その時でした。水面に大きな水泡があり、バシャバシャと泡立ちが激しくなりました。近くのおじさんが「泳ぐんじゃないっ」と、怒りました。ゆめちゃんは、急いで近寄り、「おぼれてるんですっ」と大きな声をあげました。この時ゆめちゃんは、隆ちゃんのおかあさんの言葉の、本当の意味が判ったのです。

 浴場をでると、ゆめちゃんは「ごめんね」と、謝りました。隆ちゃんは「家でも時々やっちゃうんだ」と、ケロッとして言いました。でも、家のお風呂は小さいから、バタバタすると立ちあがれるそうです。今日は「あせっちゃった」と笑って言いました。帰り道、夕日がきれいでした。ふたりは手ぬぐいを振り回しながら歩いていました。と、後ろから「ゆめちゃーん」「たかちゃーん」と呼ぶ声がしました。みっちゃんと菊ちゃんでした。ふたりはお風呂に入ったのだろうか? 桜の木事件はどうなったのだろうか? と思いました。菊ちゃんが先に来て、「恐かったー」と言いました。でも、捕まらずに逃げる事ができたそうです。菊ちゃんが報告している脇を、「じゃあねーっ」と、みっちゃんが走り抜けると、振り向いて「いいとこ、みつけたよっ」って、言いました。隆ちゃんが「またあ」と答えると、菊ちゃんが「ふしあな、ふしあな」と言いながら、走り去りました。

 

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からだはすごいよ! にょきにょきパッチンつめのひみつ

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小説 彼方のゆめちゃん  -4- 「成績表」

 

第4話 「成績表」

 

 この日、おとうさんは朝ご飯が終わると、ゆめちゃんに「ぺるのお家を新しくするぞ」と言いました。ゆめちゃんは、朝からおとうさんのお手伝いです。縁の下から古材を出してきたり、釘抜きで、釘の抜き方を習ったり、まだ肌寒いというのに、ゆめちゃんの額には汗の玉が光っています。ゆめちゃんは、おとうさんの大工仕事を手伝うのが大好きです。古くて、黒光りする道具箱のふたを開けると、ぷーんと油の匂いがします。鑿(のみ)や鉋(かんな)やのこぎりが鈍く光っています。ゆめちゃんは、道具を見ているだけで色んなことが思い浮かびます。おとうさんから言い付けられた仕事を終えるたびに、道具箱の前にかがみ込み、じーっと道具箱の中を見ていました。ぺるも柔らかい日差しが嬉しくてしきりに尻尾を振っています。

 

   

             f:id:AkitsuYoshiharu:20141203203206j:plain

 

 おとうさんが、「ゆめちゃん、もうすぐ春休みだね」と言いました。ゆめちゃんが「うん」と答えた時でした。裏口で「ゆめちゃーん」と呼ぶ声がしました。みっちゃんだと、すぐに判りました。ゆめちゃんが返事もしないで道具箱の中のものをいじっていると、おとうさんが「みっちゃんが来たよ」って言いました。ゆめちゃんが仕方なく立ち上がった時、背中で「うぉー」と言う声がありました。みっちゃんでした。「何、それっ」と、みっちゃんは興奮しています。おとうさんが「みっちゃん、もうすぐ春休みだね」と言いました。そして、散らばる木材に目をやりながら「気をつけて」と言うのもきこえないようです。「春休み」が嬉しいのか、みっちゃんの興奮はおさまりません。ゆめちゃんは、何か悪い事が起こりそうな予感がしました。ぺるも「わん、わん」と吠えました。

 ゆめちゃんが、散らばった木材や道具類を片付けていると、横で、少し興奮がおさまりかけたみっちゃんが「ワーッ」と叫び声をあげました。その声が尋常ではありません。ゆめちゃんは、とうとう「起こってしまった」と思いました。みっちゃんは古材についている釘を踏んでしまったのでした。「ウォー」と、みっちゃんの泣き声が動物のようでした。おとうさんは、仕上げのためのパテを買いに行っていて、いません。ゆめちゃんはすぐに薬箱を取りに行きました。帰って来ると、みっちゃんは縁側に腰をかけ、泣きじゃくりながら、唾をつけた指で傷口を撫でています。「だめだよ、バイキンがはいるよ」と言い、ゆめちゃんは真っ白い綿にオキシフルをしみ込ませて消毒にかかりました。傷口から白い泡が吹き出すと、みっちゃんは再び「ウォー」と泣き声をあげました。

 ゆめちゃんは終業式の日が大好きです。その日が晴れていたら天にも昇る思いで、誰彼なく話しかけたくなります。学校からの帰り道、ずいぶん前の方で子供がふたり、くっついたり離れたり、道路を我が物顔に歩いていました。みっちゃんと菊ちゃんでした。いつもなら、近寄らないのですが、この日は終業式でした。ゆめちゃんの気分は最高です。「みっちゃーん」と声をかけていました。ゆめちゃんに気付いたふたりは、ゆめちゃんの方へかけ戻って来ました。そして、「どうだった」と、みっちゃんが聞きました。成績が上がったか、下がったかを聞かれているのは解りました。ゆめちゃんは、そんなことは他人にみだりにしゃべることではない、と思っています。黙っていると、みっちゃんは「菊ちゃん、下がったんだよっ」と、誇らしげに言いました。菊ちゃんはニコニコしていました。

 ゆめちゃんは黙々と歩いていました。5点だった国語が4点になったからです。みっちゃんは「上がった」と自慢していました。菊ちゃんは下がったようだけど、お家の人は、菊ちゃんの成績に無関心です。「怒られない」と言い、それより、休みがいっぱいあるのが嬉しいようでした。みっちゃんが「ねえ、どうだった?」と、しきりに聞いてきます。ゆめちゃんが答えないと「上がった」ことを自慢できないからです。ゆめちゃんは面倒になって「下がった」と答えました。すると、案の定、みっちゃんは「ぼく、上がった」と言い、成績表をひらひらさせました。ゆめちゃんは増々暗くなりました。

 学校から帰ってすぐに、成績表をおかあさんに渡したのは、ゆめちゃんは嫌な事は目をつぶって、先に終わらせるようにしているからです。夕ご飯の時でした。もう、おとうさんも成績表を見ているほずでした。でも、ふたりとも何も言ってくれません。「どうしたの、早く食べなさい」と言う、おかあさんの声に、ゆめちゃんは胸が締め付けられるようでした。好物の「サバの塩焼き」にお箸をつけようとした時でした。おかあさんが、「ぺるのお家、立派になったね」と言いました。この日、ぺるのお家はペンキを塗って完成していたのです。「ゆめちゃんは、大工仕事が上手だね」と、誉めてくれました。ゆめちゃんは少し元気になりました。

 ゆめちゃんは布団に入ってからも、なかなか眠れませんでした。明日から、ずーと休みになるからです。しんちゃんと何処かへいこうか、隆ちゃんの新しいグローブでキャッチボールをしようか、それとも博子ちゃんちで塗り絵で遊ぼうか。ゆめちゃんには遊ぶ事がいっぱいありました。そんな、こんなを考えていると、ふーっと意識が薄れていきました。だから、夢か現実か判らないのですが、おとうさんとおかあさんが話しているのが聞こえてきました。おかあさんが「みっちゃんのおかあさんは、カンカン」怒っていると言いました。「あまり気にしない方がいい」と、おとうさんがいいました。「でも1が2になって、おおはしゃぎするのも、ねえ」とおかあさんがため息をついていました。そして、おとうさんが「屈託なくていいこじゃないか」と言いました。ゆめちゃんは、みっちゃんが苦手だけれど嫌いじゃありません。おとうさんが「…いいこじゃないか」と、誉めてくれたので嬉しくなりました。

 

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小説 彼方のゆめちゃん  -3- 「ペル」

 

第3話 「ペル」

 

 ゆめちゃんはおにいちゃんが好きだけれど、あまり相手をしてくれません。そのおにーちゃんが珍しく、ゆめちゃんに「剣」を作ってくれると言いました。ゆめちゃんの目が輝きました。おにいちゃんは竹を切ってきて、枝を払うと、ゆめちゃんを物差しにして、丁度良い長さを決めました。そして、長いのと、短いのと、ふたつに切りました。短いのが「束」で、長いのが「鞘」になります。次に、太くて丈夫な針金を探して来て、丁度良い長さに切りました。これもふたつです。ひとつは刃になると、おにいちゃんは言いました。おにいちゃんは着々と作業を進めていきます。ゆめちゃんは、すこし疑うようになりました。

 剣ができあがりました。おにいちゃんは、剣を鞘からズラリと抜き出して、ぺるに向かって構えました。ぺるは「わん、わん」と二、三回、吠えました。おにいちゃんは激しく尻尾を振るぺるを抱き寄せて「なあ、いいだろう」と、剣の出来映えに満足そうです。でも、ゆめちゃんの顔はすぐれません。なぜなら、おにいちゃんが作ってくれた剣は、怪傑ゾロが持っているような剣だったからです。ゆめちゃんが欲しかったのは、鞍馬天狗が持っているようなやつだったのです。そんなゆめちゃんをよそに、おにいちゃんとぺるはおおはしゃぎでした。「わん、わん、わん」。

 ゆめちゃんがみっちゃん達と遊んでいると雨が降り出しました。誰かの家で遊ぼうということになりました。すると、みっちゃんが「ゆめちゃんちはいやだなあ」と言い出しました。「どうして?」と、ゆめちゃんが不服そうに言うと、みっちゃんは、「ゆめちゃんち、犬がいるから」と、言いました。ゆめちゃんは、「ぺるは恐くないよ」って、反論しましたが、みんなも「おれも恐い」と言い出したので、菊ちゃんちで遊ぶことになりました。でも、ゆめちゃんはぺるがかわいそうに思えてきたので、帰ってぺると遊ぼうと思いました。ゆめちゃんは、家に帰ると真っ先にぺるのいる小屋へ行きました。そして、「ぺる、ぺる」と呼びかけました。でも、ぺるは知らぬふりをして、寝そべったまま恨めしそうに、雨が落ちてくる空を見上げていました。

夕方のことでした。菊ちゃんが、「みんな集まっているから」と、ゆめちゃんを誘いに来ました。みっちゃんちだそうです。あまり気乗りがしないまま、ゆめちゃんは菊ちゃんと連れ立って出かけて行きました。みっちゃんちの家の前には、野球チームができる程、子供達が集まっていました。ゆめちゃんが尻込みしていると、同年の隆ちゃんが「ゆめちゃーん」と、呼びました。ゆめちゃんは救われたように、右手を高々と挙げて応えました。輪の中に入って見ると、そこには、子犬を抱いたみっちゃんがいました。しんちゃんが「かわいいね」と、子犬にさわろうとすると、みっちゃんは子犬を抱いたまま背を向けました。よっちゃんが「犬は小さい方がかわいいね」と言いうと、何人かが「そうだね」と声を揃えました。ゆめちゃんは、ぺるが可哀想になりました。

 

 

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 ある日の夜、ゆめの中の遠い所でぺるの吠える声が聞こえてきました。ゆめちゃんは「夢」の中の出来事だと思いましたが、それでも、「ぺる、静かにしなさい」とたしなめました。すると、部屋がざわざわと騒がしくなりました。「あなた」とおかあさんの声がしました。「ん」と、眠そうなおとうさんの声がしました。「どうしたの?」と言うおねえちゃんの声があり、「ったく、もう」と言うおにいちゃんの声がすると、おかあさんが「大丈夫、おとうさんに行ってもらったから」と、ふたりに答えました。ゆめちゃんはやっと、現実のことだと判りました。その時、おとうさんが外から帰って来て、「どーしようもないよ」と困り果てていました。ぺるは滅多に吠えない犬でした。そのぺるが、おとうさんの制止するのも聞き入れず吠えるには、尋常でないことが起こっているのを、みんなが知っています。おとうさんは、そんなみんなの不安を打ち消すように「いたちでも出たんだろう」と言って、布団に入りました。

 翌日の事です。ゆめちゃんが学校から帰って来ると、家の前に二、三人。道路脇に二、三人。あちらにも、こちらにも、エプロン掛けのおばさんや、仕事帰りのおじさんが立ち話をしています。ゆめちゃんは、大人の間をすり抜けるようにして家の中に入りました。家の中には、おかあさんはいませんでした。どこかに出かけたようです。テーブルの真ん中に、ゆめちゃんの好きな塩せんべいが置いてありました。ゆめちゃんは、一枚を頬張りました。そして三、四枚を手にし、ぺるにひと声かけると、外に跳び出して行きました。みっちゃんちに行く気分ではありません。ゆめちゃんは迷わず、しんちゃんちに向かいました。

 ゆめちゃんが、しんちゃんちに行くと、玄関にはずらりと履物が並んでいました。身を乗り出して中をのぞくと、おじさんやおばさんが沢山集まっていました。その中に、おかあさんの顔もありました。どうやら、となり組の会合が行なわれているようです。ちいさな声で「おかあさん」と呼んでみました。おかあさんが振り返りました。そして、ゆめちゃんがいることを知ると、声を出さずに口を大きく動かしています。ゆめちゃんには「お家に帰りなさい」と聞こえました。と、その時、誰かがゆめちゃんの背中を激しくぶちました。ゆめちゃんは我慢して振り向くと、顔じゅうをくしゃくしゃにした、しんちゃんが立っていました。

 ゆめちゃんはしんちゃんと連れ立って、外に出ました。そして、しんちゃんが「ぺるって、すごいね」って、言いました。それまで、ぺるのことを一番恐がっていたしんちゃんの言葉とも思えません。ゆめちゃんは何が何やら解りませんでした。そのうち、よっちゃんも来て「すごい」と言いました。ゆめちゃんが家に帰り着く頃、大勢のこどもが集まっていました。そして、いつもなら「犬がいるだろう」って、言って入ってこない所まで、ついて来ました。振り向くと、子犬を抱いたみっちゃんもいたのです。

 ゆめちゃんの家の庭の後ろは広い田んぼになっています。その右端に何本かの木に囲まれた家が一軒、ぽつんと立っています。おじいさんがひとりで住んでいるのは知っていますが、こども達は、おじいさんの名前を知りません。夜、縁側に立つと、その家にボーと灯りがともっているのを見えます。ゆめちゃんは、誰かが、あそこにいるんだと思うと、暗がりも恐くなくなって嬉しくなります。その家に、昨日の夜ドロボーが入ったそうです。幸い、ドロボーは何も盗らずに逃げてしまったそうです。ぺるが吠えたからだそうです。ぺるは、やはり何かをかぎつけていたのでした。その晩、ぺるのご飯には、おかしらつきのイワシが三尾も乗っていました。

 

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小説 彼方のゆめちゃん  -2- 「隣りのお姉さん」

 

第2話 「隣りのお姉さん」

 

 ゆめちゃんのお家の左隣にお姉さんがふたりと、寝たきりの弟さんが住んでいます。蔦江(つたえ)さんと美佐子さんとマー坊です。マー坊は、ほんとうは昌夫さんと言います。蔦江さんは、若いのに、なり振り構わず動き回る働き者です。美佐子さんはいつも楽しそうにしています。マー坊は言葉が不自由で話せませんが、ゆめちゃんが行くと嬉しそうに体を動かします。蔦江さんはゆめちゃんに、「また遊びに来てね」と言います。ゆめちゃんはほんとうは行きたくないけれど、蔦江さんやマー坊が喜んでくれるので、二、三日に一度は遊びに行く事にしています。

 いつものように、ゆめちゃんは蔦江さんの家へ遊びに行きました。そして、寝たきりのマー坊の所へ行き、「マー坊」と呼ぶと、マー坊は体を動かしました。マー坊が元気なことが分かるとゆめちゃんはホッとしました。そのあとも、ゆめちゃんは何度か「マー坊」と呼びました。ふたりの遊びは、ただそれを繰り返すことでした。その間、蔦江さんは台所で、せっせと働いています。その内、いい匂いがしてきました。カレーライスの匂いです。蔦江さんは、ゆめちゃんがカレーライスが大好きな事を知っていました。

 蔦江さんは、ゆめちゃんがあまり来たくないのに来てくれる事が嬉しくて、いつも何かを作ってくれます。ゆめちゃんはとても嬉しいのですが、ちょっと悲しいとも思います。なぜなら、蔦江さんの家はあまりお金がないからです。ゆめちゃんはある日の夜、おとうさんとおかあさんが「借金で大変らしい」と話しているのを聞いていました。でも、蔦江さんはこぼれるような笑顔で、「ゆめちゃん、食べて」と言い、カレーライスを出してくれました。ゆめちゃんは、大きな声で「いただきまーす」と言って、大きなスプーンを小さな口に運びました。

 ゆめちゃんは、蔦江さんの妹の美佐子さんが眩しく見えます。お月様のような白い顔に赤い口紅が、よその国の女性のようです。ゆめちゃんが、家の前で遊んでいると「ゆめちゃーん」と、呼ぶ声がしました。振り返ると美佐子さんです。めずらしく、蛇口の前にしゃがんで洗濯をしていました。白く光る笑顔に、年長の友達二、三人から歓声があがりました。美佐子さんは近所でも評判の美人です。ゆめちゃんは美人のお姉さんに名前を呼ばれて、少し誇らしく、少し恥ずかしい思いでした。

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 その日の夜も、ゆめちゃんは眠い目をこすりながら宿題を終わらせました。おかあさんが、「もう寝なさい」と言うのも聞かずに、テーブルでおはじき遊びをしていました。と、裏口が騒がしくなりました。近所のおばさんたちが集まって来たのです。こういうことが時々ありました。そんな時は決まって、何かの事件が起こっているのを、ゆめちゃんは知っていました。田中さんちと、みっちゃんちのおばさん二人が入り口に立っていました。おかあさんはゆめちゃんに、「奥へ行ってなさい」と、恐い顔をしました。

 朝、七時になるときくちゃんちの前に子供たちが集まります。集団登校です。そこには木切れを入れたガンガンがあり、火がつけてあります。みっちゃんちのおじさんが、子供たちのために暖かくしてくれているのです。ゆめちゃんは寝坊さんなので、その日も最後になりました。ゆめちゃんがガンガンの前に立つと、誰かが「しゅっぱーつ」と、言いました。遅く来たゆめちゃんに意地悪しているようでした。そんな時、決まって、年長の勉さんが「ゆめちゃんがあったかくなるまで」と、意地悪した子を睨みつけます。ゆめちゃんは、勉さんが大好きです。

 ゆめちゃんの学校は、歩いて二十分の所にあります。そこまで行くのにみんな遠足気分です。やっと、目覚めたゆめちゃんに、みっちゃんが「知ってる?」と、意味ありげに聞きました。ゆめちゃんが「ん」と怪訝を装うと、みっちゃんは「かけおち」、「かけおちだよ」と言って、笑いました。どこか卑猥な笑いでした。ゆめちゃんは関わってはいけないと思って黙っていると、「美佐子さんだぜっ」と絡んできます。ゆめちゃんは昨日の夜のおかあさんの恐い顔を思い出しました。そして、蔦江さんやマー坊の顔が浮かび、悲しくなりました。ゆめちゃんは暗く沈んだ気持ちに耐えていましたが、みっちゃんは、なんだかんだ絡んで離れません。すると、勉さんが「ポカリ」と、みっちゃんをぶちました。

 その日の夜の事、おとうさんとおかあさんが、言葉すくなに話していました。「男の人」とか「お金」とか言う言葉で、ゆめちゃんは察しがつきました。ふたりは、美佐子さんの話をしているのです。でも、「かけおち」と言う言葉は聞こえてきません。ゆめちゃんはドキドキしながら、聞かぬふりを装っていました。美佐子さんはこの年、中学校を卒業しました。同級生が高校受験で、夜遅くまで勉強している時、美佐子さんは、近くの町まで出かけて行って、アルバイトをしていたのです。そこで知り合った男の人の紹介で、この春から、東京で働く事になったそうです。ゆめちゃんの脳裏に、勉さんから、ポカリとぶたれたみっちゃんの顔が浮かびました。

 

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